大学の講義が始まった。
あふれるエネルギーはたのもしい。
被災に会っていない若人があふれていた。
被災にあった? との問いかけに対する反応は、
遠い別世界の、なんか居心地の悪い、気味の悪いこと、いやだーーー
という人が少なからずいた。
3月11日から時間が過ぎ、以前の顔を取り戻しつつあると
忘れ去られていく現実の冷たさを目の当たりにした戸惑い、寂しさが押し寄せてきた。
直接の被害は受けていない私が感じたギャップ。
被災後、ギャップを感じた世界に、出てきて、生きていくことは、大変ではないだろうか。
それを超えさせる、エネルギーの根源になるなにか
安らぎ、回復できる場所
個人個人は異なり、公式などあり得ない。
農民が、農地を失い
漁民が、漁場を奪われ
町にあった仕事場が破壊され
有為に社会の一員として動いていた時間を
無為に過ごさざるを得ない時間が、まだまだ膨大に蓄積していく現実
二つの世界のギャップにダメージを受けている自分
被災者の全員は、外見はどうであれ、
一生涯、時折、心に刻まれた被災の日にフラッシュバックして
苦しむんだろうなと。
その時、話を聞いて、それから
生きていられてよかったんだ
と包み込むように言ってあげる人がいることだろうな。