旅のプラズマ

これまで歩いてきた各地の、思い出深き街、懐かしき人々、心に残る言葉を書き綴る。その地の酒と食と人情に触れながら…。

お酒のさかな 食べ物篇(3) … ニラ、くさや、鮒ずしなど 

2015-04-18 10:25:34 | 

 

 最近は見かけないが、修行僧の多い昔の寺の山門には「不許葷酒入山門(葷酒山門を入るを許さず)」という看板が掲げられていたという。葷酒(くんしゅ)の葷はニラのことで、酒飲みの好きな「レバニラ炒め」などに使う匂いの強い野菜だ。そのような刺激臭や酒などを持ちこんで、女人を絶って修行を重ねる僧坊に春情をおこさせてはいけないと言うのが趣旨のようだ。
 しかし、このような看板を掲げる必要があったということは、この種のものが絶えず持ち込まれていたからに相違なく、葷酒の類の持ち込みを防ぐことが容易でなかったことを示している。それどころか、この言葉の正当な読み方は、「許さずとも葷酒山門に入れ」であったという説もあるようだから、その実情はうかがい知れる。
 ニラも好まれるが、大体において酒飲みは臭いものを好む。その医学的、食品学的根拠を私は知らないが、これまで付き合ってきた大方の酒飲みは臭いものが好きであった。ある先輩は、飲み屋に入るとまず「くさや!」と注文していた。この先輩はくさやの置いてない店には入らなかった。
 くさやは、伊豆諸島などでつくられ、ムロアジやトビウオなどを、くさや液という魚醤の類に漬けて発酵させたもので、これも強烈なにおいを発する。焼くとその匂いが部屋に立ち込め、大方の顰蹙をかう。これが美味しく、酒に合うというのは実に不思議だ。
 納豆、チーズ、臭豆腐……など、この手のものは数多くあるが、代表的なものは鮒ずしではないか。これは滋賀県の特産で、本来は琵琶湖の固有種であるニゴロブナでつくる“熟(な)れ鮨”である。30年近く前になるが、初めて滋賀を訪れこれを食べたときは驚いた。かつて経験したことない強烈なにおいにギョッとしたが、思い切って口にすると不思議にうまい。しかし同行した大酒のみの従兄が、どうしても食べられなかったのを思い出す。ただ、昨年琵琶湖を訪ねて食べた鮒ずしは、臭みも少なく、何の変哲もない食べ物だった。時代の変化か、それとも観光ずれで万人向けに作られてきたのか?
 私がたった一つ食べることのできなかったものは、中国の「油炸臭豆腐(ヨージャーチョウドゥフー)」だ。紹興市の魯迅の行きつけの店といわれた咸亨酒店でトライしたが、想像を絶する強烈な臭み(一言でいえば便所の匂い)で、ついに口にできなかった。目の前で、若いきれいな女性が「おいしい、おいしい」と食べる姿が不思議な光景に見えた。
 しかし、総じて酒飲みは臭いものが好きだ。一般人には迷惑な人種かもしれない。


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