天皇陛下というと普通の人間にとっては雲の上の人で世事には疎いお方だと、勝手に想像してしまう。
一方裁判官と言えば世の中の揉め事を裁く人なので世事にまみれ、法律は言うまでもなく世の中の酸いも甘いも噛み分ける常識あふれる人だと勝手に想像してきた。
ところが実際はこれがまったく逆であった。
今回の「国旗・国歌訴訟」の東京地裁の判決を見ると裁判官には、世の常識も、礼節もまったく理解できない法律バカがいることが判った。
外部と閉ざされた常識はずれの教師集団の訴えを、同じく常識はずれの裁判官が全面的に認めた、というのが今回の「国旗・国歌訴訟」の判決だろう。
ところが雲の上のはずの天皇陛下の「国旗・国歌」に関するお言葉を聞くと、陛下の方が国旗・国家法や憲法の趣旨をよく理解なされ、しかも世の常識、礼節もよくご承知のお方だと言うことが改めて判った。
ただ、陛下が国旗・国歌について語られたのが報道されたのは、私の知る限り二度しかない。
その一場面で語られたのが平成16年の秋の園遊会における、元将棋名人の米長教育委員に対する「(国旗・国歌は)強制)強制になるということでないことが望ましいですね」というお言葉である。
この映像は普段は天皇陛下を嫌うグループに利用され、その後も事あるごとに繰り返し放映されている。
先日の東京地裁判決の日も、朝日「ニュースステーション」で待ってましたとばかりこの映像が放映された。
しかし、陛下は園遊会での立ち話では意を尽くせなかったお言葉を、六ヵ月後の記者会見で丁寧に説明なさっている。
だが、この事実はあまり報道されてはいない。
1999年8月9日、国旗・国歌法が成立成立する。
その5年後の2004年10月28日の秋の園遊会に招待された東京都教育委員会委員を務める元将棋名人の米長邦雄は、
「教育委員のお仕事、ご苦労さま」と天皇陛下がねぎらいの言葉をかけられた際、
感激したのかつい調子に乗ってしまい、
「はい、日本中の学校で国旗を掲げ、国歌を斉唱させることが私の仕事でございます」と言ってしまった。
これに対して天皇陛下は、
「強制になるということでないことが望ましいですね」と返答された。(朝日新聞04/10/28参照)。
当然そのとき天皇陛下は5年前の国旗・国家法成立をご存知だったろうし、当時政府が繰り返した「強制するものではない」という文言もご存知だったはずだ。
場所柄をわきまえない元将棋名人の発言に対して陛下はきわめて当たり前の御返答だし、そのお言葉以外の返答を見出せない。
例えば、「日本中の学校で国旗を揚げさせ、国歌を斉唱させるようにその職務を全うしなさい」とはいえないだろうし、
だからと言って「国旗掲揚や、国歌斉唱を求めるのは個人の思想信条の自由を奪うから止めさせなさい」ともいえないだろう。
そもそも米長教育委員のあの発言自体が園遊会の話題としては不適切な発言だったのだ。
だが、そのときのテレビ映像は繰り返し、繰り返し放映されて、「国歌・国旗反対派」に今でも利用されている。
この前の「富田メモ」と同じく、天皇陛下を嫌うグループによって天皇発言がつまみ食いされ利用されている。
陛下のお言葉の政治的利用ってやつだ。
新聞報道はほとんどされなかったが、園遊会から約半年後の、平成17年4月25日の記者会見で、天皇陛下は「国旗・国歌」について詳しく説明なさっている。
・宮内庁サイト>天皇皇后両陛下の外国ご訪問前の記者会見の内容
問5: 天皇陛下にお伺いいたします。読売新聞の調査によると学生の過半数は国歌斉唱と国旗掲揚には興味がありません。昨年の秋には天皇陛下ご自身が国歌斉唱と国旗掲揚についてご発言を述べられました。学校でこれらのことを強制的にさせることはどうお考えでしょうか。
天皇陛下: 世界の国々が国旗,国歌を持っており,国旗,国歌を重んじることを学校で教えることは大切なことだと思います。
国旗,国歌は国を象徴するものと考えられ,それらに対する国民の気持ちが大事にされなければなりません。
オリンピックでは優勝選手が日章旗を持ってウィニングランをする姿が見られます。選手の喜びの表情の中には,強制された姿はありません。国旗,国歌については,国民一人一人の中で考えられていくことが望ましいと考えます。
「国旗,国歌を重んじることを学校で教えることは大切なことだ」と、陛下は明確に述べられている。
その上で、強制されるのではなく、国民一人一人の中で考えられていくことが望ましい、と説明なさっている。
園遊会での短い会話では意を尽くせなかったことを説明なさっている。
今回判決を出した難波孝一裁判長よりよっぽど社会常識に満ちたお言葉ではないか。
思想信条の自由はむろん尊重されなければならないが、強制なしに社会は成り立たない。
教育現場が自由放任の無秩序であってはならないし、教育である以上一定の強制力が必要だろう。
だからと言って嫌がる生徒に無理やり国歌を斉唱させのには同意しかねる。
これが法律以前の社会の常識だ。
陛下はそのことを常識を持って説明なさっているのだ。
その点では朝日社説の「 国旗や国歌は国民に強制するのではなく、自然のうちに定着させるというのが国旗・国歌法の趣旨だ」に異論はない。
陛下がいみじくもご指摘の通り、教師が教師の本分を尽くして授業で国旗・国歌についてまともに教えていれば、式典で歌うのを嫌だという生徒はほとんど出てこないはずだ。
★【参考】平成11年6月29日、衆議院本会議での質疑に於ける西村章三答弁
「世界の国々は、国の独立を示す象徴として国旗・国歌を持っており、各国は、互いの国旗・国歌を尊重し合い、敬意を払っております。
これは、近代国家における常識であります。日の丸・君が代に反対する人は、日の丸はかつてアジア近隣諸国への侵略を進めた大日本帝国の象徴であり、君が代は天皇主権の賛歌である、いずれも平和主義と国民主権主義を基本原理とする現行憲法に違反すると言います。
しかし、戦争は時代背景と政治的理由によるものであり、我が国の国旗が日の丸だから、国歌が君が代だから戦争になったわけではございません。
国歌・国旗に罪はありません。
また、君が代において天皇の御長寿を祈ることは、すなわち天皇により象徴される日本国及び日本国民すべての長久繁栄を祈ることにほかなりません。その意味で、現行憲法に違反するどころか、むしろ合致するものと思います。」