狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

裁判官の非常識と県警監察官の常識

2009-08-26 07:37:34 | 県知事選

 

沖縄戦「集団自決」の謎と真実
秦 郁彦
PHP研究所

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◆裁判官の非常識と県警監察官の常識

3児死亡から3年の福岡で…警官が飲酒事故 (1/2ページ)

2009.8.26 05:05
3児死亡から3年の福岡で…警官が飲酒事故
逮捕された巡査部長の血液検査でアルコールが検出され、記者会見で謝罪する福岡県警の村上正一首席監察官=25日午後、福岡県警本部

 福岡県警は25日、国道を逆走して対向車に衝突、女性にけがをさせ逃走したとして、自動車運転過失傷害と道交法違反(ひき逃げ)の疑いで、同県警の巡査部長(49)を逮捕した。血液検査では酒気帯び運転の基準値の約4倍に当たるアルコールを検出。この日は、飲酒した元福岡市職員の車が追突、幼児3人が死亡した事故から丸3年だった。

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                                            ◇

昨日のエントリーで、署名捺印の「侘び状」に関するコメント欄が賑わった。

「泥酔していた」という理由で、署名押印の「侘び状」を無効にした常識欠落の裁判官の是非が争点であったが、

裁判官と違って警察官には社会常識が備わっていると思われるが、やはり社会人としての常識欠落者もいるようだ。

「泥酔して」轢き逃げ事故を起こした警察官が容疑を否認している。

容疑者の警察官は、「自分は運転していないので、関係ない」ということらしい。

さすがに「泥酔していたので無罪だ」と主張していないのは、僅かに残っていた常識が働いたのだろうか。

だが、容疑者の上司である福岡県警主席監察官は、監督不行き届きの咎を受けても、常識欠落で非難を受けることはないだろう。

上記写真で、薄い頭を深々と下げて,泥酔して轢き逃げした警察官の不始末を謝罪しているから。

コメント欄で、必死になって裁判官の判断を支持する方もいるようだが、「常識か非常識か」の論争は、

結局は常識人と非常識人の論争であり、

決着点を見出すことは困難である。

 

                     ◆

琉球新報 金口木舌 2009年8月24日

 いつ見ても手品師のたくみな手つきと語りにだまされてしまう。手品は「考えをめぐらして人をたぶらかす手段」でもある(「広辞苑」)。だまされた人間は「しまいには戦争に連れて行かれる」と安斎育郎さんは語る
▼立命館大学国際平和ミュージアム名誉館長の安斎さんは22日、ひめゆり平和祈念資料館開館20周年を記念して講演。イラク戦争は「だましで始まった」ことを手品を使って説明した
▼人間の脳が一部分を見ただけで全体の姿を想像してしまう、思い込みを利用したトリックだ。イラク戦争で米国が開戦理由にした「大量破壊兵器」は見つからなかった
▼安斎さんが講演した22日、「だましで始まった」イラク戦争に部隊を派遣した米軍普天間飛行場でフェスティバルが開かれていた。イラクの戦闘に使われたかもしれない軍用機や車両の前で親子連れが記念撮影をしていた
▼22日はまた、疎開学童を乗せた「対馬丸」が撃沈されてから65年。子どもたちの命を守るためという理由で送り出したが、その航路は日本の制海権が失われ危険であることは伏せられていた
▼どうすればだまされないのか。安斎さんの言う「無力=0」と「微力=1」の違いがヒントになる。0を1万集めても無でしかないが、1を1万集めるとそれだけの力を発揮する。1票の権利を行使することも私たちにできることの一つだ。

                                              ◇
 
 
 ◆「悪意」と「恨み」の新聞論調
 
沖縄戦を沖縄の新聞が語るとき、事実の解明に先行するのは「悪意」とそれに伴う「恨み辛み」である。
 
学童を戦火かから守るために、数少ない輸送船と貴重な燃料を使った県外学童疎開も、口減らしのためだったとか、受け入れ家族の待遇についても、「ひもじい思いさせられた」などと、体験者の証言には常に「悪意」と「恨み」の文言に満ちている。
 
 
又、同じく少ない船舶と燃料を使って住民を西表に疎開させたが、そこで運悪く罹患したマラリヤも「戦争マラリヤ」と称して、まるで日本軍が特殊なマラリヤ菌を培養して故意に住民に罹患させたような悪意に満ちた記事もある。
 
問題になっている慶良間島の「集団自決」についても、梅澤隊も赤松隊も、元々島の守備隊ではなかったので少数の旧式鉄砲しか装備されていなかった。 そんな貧弱な軍装備で、島を包囲した米艦船の砲撃に対して反撃の術はなく、まさにブルドーザーの隊列に斧で立ち向かう蟷螂の状態であった。
 
そんな状況で「軍隊は住民を守らないで、自決命令を下した」と悪意の恨み辛みを言っても、赤松隊長や梅澤隊長は自分に降りかかる火の粉を振り払うのが精一杯で、とても住民を守る余裕はなく、ましてや住民に自決命令をして回る暇などなかったことが、多くの証言から読み取れる。
 
唯一の証拠とされる手榴弾も、チビチリガマの毒薬と同じで、顔見知りの兵隊さんが万が一の場合にと手渡した「善意」の表れであるのに、戦後の後付けで「悪意」の自決命令の証拠とされている。
 
集団疎開や手榴弾にまつわる「悪意」はまだしも、片道燃料で決死の反撃のため沖縄に向かった戦艦大和にさえ、「沖縄人を虐殺に向かったのだから撃沈されて良かった」という主旨の文を掲載するほど沖縄の新聞は「悪意」と「恨み」に満ち溢れている。
 
 
そのうち慶良間沖で米艦船に体当たりして散華した神風特攻隊も沖縄住民を攻撃に来たと言い出す人が出るかも知れない。
 
上記新報コラムも、民間人員輸送船を承知で撃沈した米潜水艦の無差別攻撃に対する恨みはさておいて、
 
学童疎開を実施した第32軍に対する「悪意」と「恨み辛み」の記事である。
 
新報コラムが言わんとすることは、騙しのテクニックに優れた手品師は沖縄守備の第32軍であり、騙される観客は疎開のため対馬丸に乗船した学童と言うことになる。
 
手品師が観客を騙す導入部からつられて読むと、まるで日本軍が学童を騙して米軍の標的にでもしたとミスリードされる悪意ある文である。
 

沖縄戦「集団自決」の謎と真実
秦 郁彦
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