狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

「つくる会」教科書採択!お笑い「軍命論」

2009-08-05 13:16:42 | ★集団自決

 

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今朝の沖縄タイムスは久々に教科書問題の大見出しが、一面と社会面のトップを飾っている。

「つくる会」主導の教科書採択  横浜市教委が8区で、全国初

一面は上記引用の共同配信記事だが、社会面のタイムス記事の見出しにはタイムスの悔しさが滲み出している。

沖縄タイムス社会面トップの見出しと記事を紹介する。

「政治的意図感じる」

教育関係者ら懸念

「集団自決」体験者も批判

「政治的意図感じる」 つくる会教科書採択/教育関係者ら懸念【08月05日】
 沖縄戦時、慶良間諸島で起きた「集団自決(強制集団死)」について日本軍の命令や強制に否定的な見解を示し、南京大虐殺などの記述を「自虐的」と主張する「新しい歴史教科書をつくる会」が執筆した中学・歴史教科書(自由社発行)を横浜市教育委員会が4日、採択したことに、「集団自決」体験者や教育関係者から批判と懸念の声が上がった。

 つくる会の教科書は沖縄戦について「(1945年)4月、アメリカ軍は沖縄本島に上陸し、ついに陸上の戦いも日本の国土に及んだ」と記述。教育関係団体などが、同年2月の硫黄島、3月26日からの慶良間諸島の戦闘を指摘し、「事実に反する」と批判していた。

 横浜市教育委員会の定例会を傍聴した琉球大学の高嶋伸欣名誉教授。訪れた約250人の市民の大半は会場に入れず、別室で音声だけを傍聴したという。高嶋名誉教授は、定例会では「教科書の実質的な教育効果や歴史的事実の内容について話し合われることはほとんどなかった」とし、「明らかに間違った記述のある教科書が採択されてしまった。歴史的事実を学ぶ『教育』とは別に、一定の思想を子どもたちに植え付けようという政治的な意図を感じる」と懸念した。

 「身を切る思いで証言した体験者の思いを踏みにじる悲しい判断だ」。座間味島の「集団自決」体験者の宮城恒彦さん(75)は、声を落とした。「わざと慶良間を除外し『集団自決』の事実を消そうとする教科書。合格にした文科省、採用した教委の責任は重い。戦争美化の動きが社会全体にじわじわと広がっていることが怖い」と指摘。一方で、「県民の怒りの底流は続いており、全国的な理解も深まっている。今回の採択をしっかり問題視し、声を上げるべきだ」と訴えた。

 2007年9月の教科書検定意見撤回を求める県民大会で副実行委員長を務めた玉寄哲永さん。沖縄戦の実態は「集団自決」の悲劇を隠しては語れないとし、「戦争できる国にしたい権力者と特定の政治思想を持つ集団が一緒になって、子どもたちにうそを教えようとしているのではないか」と不信感をあらわにした。

 「集団自決」をめぐる教科書記述で、軍の強制性を明確にするよう求める要請書を先月末、教科書各社に送付した一人、教科書執筆者の石山久男さんは、「不正常な状況で審議されたとしか思えない」と批判。子どもと教科書全国ネット21は同日、採択の撤回を要求する談話を発表した。(略)

 

「つくる会」会長の藤岡信勝氏は「集団自決訴訟」の原告側応援団の一人であり、一審、二審で敗訴はしたが、

「残虐非道の軍命令による集団自決」が事実上否認され(軍命は証明されていない)、高校歴史教科書検定意見も撤回されていない現状で言えば、「つくる会」の教科書が採択されたことは、一つの流れとしてきわめて自然である。

ところがタイムスの見出しを見る限り、司法判断である大阪高裁では「軍命はあった」と判決されたのを、あたかも文科省が「政治的意図」で捻じ曲げたかのような印象を受ける。

このように沖縄タイムスは「司法」(裁判)と「行政」(検定意見)で決まったことを、自己の主張と異なると「政治的意図」などの恣意的文言で読者を印象操作してきた。

ここらで、復習のつもりで「司法」と「行政」の判断に強弁する「軍命あり派」の崩れ去った「軍命論」を検証してみよう。

先ず、沖縄左翼の「軍命論」に多少キレ気味の読者の涼太さんの怒りのコメントの引用から始まります。

2009-08-04 19:31:58 涼太  

集団自決問題を考えたとき、当初は「軍の命令だ」と言っておきながら、それが証明できなくなると、いや、当時の養育だ、軍の構造だと詭弁する沖縄側の姿勢が、この問題を拗らせている一番の原因です。こんな幼児のような駄々をこねる。そんな我儘は大人の社会では通用しない。と毅然たる態度で臨むことが、日本本土の責任ではないでしょうか。・・・
 

『うらそえ文藝』の「集団自決に軍命なかった」という主張は、大阪高裁でも教科書検定意見でも認知された事実だと書いた。

にもかかわらず沖縄紙は、あたかも軍命があったかのような報道を続けている。 そもそも集団自決を「強制集団死」と但し書きするところは明らかな「軍命あり」の印象操作である。

「集団自決」に敢えて但し書きを付けるなら、「集団無理心中」が最も相応しいのではないか。

では、沖縄タイムスを筆頭の「軍命あり派」は、印象操作以外にどのような詭弁で県民を欺いてきたのか。

その詭弁のあの手この手を羅列すると次のようになる。

まるで「お笑い軍命論」の有様だ。 これでは漫才のギャグにさえなりかねない。

■お笑い軍命論■

①「隊長命令の有無は問題ではない」

②「集団自決を隊長命令の背景を矮小化している」

③「軍のタテの構造に組み込まれた命令である」

④「軍官民共生共死の一体化が軍命だ」

⑤「天皇陛下バンザイは軍命だ」

⑥「戦陣訓が軍命だ」

何としても軍命にこじつけようとする軍命派は、恥も外聞もなく自説をクルクル変えてきた。

『母の遺したもの』が原告側証拠物件として提出されたと知った宮城晴美氏は次のように憤ったという。

「都合のいい部分だけのつまみ食いだ」と。

どこかで聞いたことのあるセリフだと思ったら『沖縄戦と民衆』の記述が教科書検定で「軍命なし」の根拠とされたとき、著者の林博史関東学院教授も同じようなことを言っていた。

林教授も自著で「軍命はなかった」と記述し、それが教科書検定の「軍命はなかった」の根拠にされるや、宮城晴美氏と同じく、被告側との板ばさみになっり「つまみ食いだ」と怒り狂ったという。

その様子は同業者の先輩・秦郁彦氏が『沖縄戦「集団自決」の謎と真実」(PHP研究所)で面白おかしく詳述している。

その林博史教授が、今度は「広義の軍命令」というどこかで聞いたような概念を持ち出してきた。

そして、しつこくも「軍命令はあった」とする本を出したという。

「広義の云々」は「従軍慰安婦」の「軍の強制連行」を主張する勢力が、強制連行の事実を証明できないと分かるや、突然持ち出してきた「広義の強制連行」と同じである。

林教授の新著『沖縄戦 強制された「集団自決」』の書評を書いたという「売れない評論家」センセのブログを見るとこのように書かれている。

《『沖縄戦 強制された「集団自決」』(林博史著、吉川弘文舘)は、「集団自決」において、広義の「軍命令があった」派の代表的な歴史研究者である林博史関東学院大学教授の新著である。曽野綾子氏や小林よしのり氏等が主張するような、いわゆる「公式文書」や「公式発言」としての「軍命令」はなかったかもしれないが、広義の軍命令なくして、「集団自決」は起きなかったはずだという立場に立つ著書である。》http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20090802/1249175724

いやはや、なんとも未練たらしい。

こんどは「広義の軍命令」の登場か。

そもそも、問題の核心が「隊長命令の有無」であったことは、軍命派の研究者達も口を揃えて主張していたこと。

それを今さら「『軍命令』はなかったかもしれないが、広義の軍命は・・・」と言われてもね。(失笑)

家永裁判に遡っても「隊長命令による集団自決」が重要な争点であったことは周知の事実。

隊長命令が大阪高裁で証明出来ないとわかるや、態度を一変、その変身振りには今さらながらあきれ果てる。

上に列記した「お笑い軍命論」は⑥で終了と思ったが、

「転向者」林教授の新しい軍命論(広義の軍命)を引っさげて再登場し、ついでのように「売れない評論家」センセまで便乗して登場となると、・・・もう一項目追加しなければならなくなってしまった。 やれやれ。

お笑い軍命論追加

⑦広義の軍命

 

前稿で宮城晴美著『母の遺したもの』の書評を書いた吉浜忍沖国大教授のことを失礼を承知で揶揄した。

だが普通の読解力のある人なら、吉浜忍沖国大助教授と同じ読後の感想を抱く。

そう、「これまでの『定説』とは違う真相を語っている」と。

「集団自決論争」の争点であり、核心の部分は「隊長命令の有無」であることを示す意味で、沖縄戦の専門家である吉浜教授の「書評」を全文引用する。

太字強調部分は引用者が施したが、沖縄国際大学で「沖縄近現代史」、特に皇民化教育、戦争、占領支配を専門とする吉浜教授が、集団自決問題の争点と核心は「隊長命令の有無」だと解説しておられる。

琉球新報 2000年12月24日

『読書』 『母の遺したもの』 宮城晴美著
 
「定説」とは違う真相語る
 
座間味島は、沖縄戦の前哨戦であり、悲劇の始まりでもあった。 悲劇の象徴が「集団自決」であり、今日まで「悲劇の物語」として語られてきた。 そして、物語の核心部分の「隊長命令による集団自決」には著者の母親の証言が有力な根拠となった。
当事者によるものであっただけにこの証言は大きな影響を与え、様々な出版物に引用されたり、粉飾されたりして。やがて「定説」化していった。 「隊長命令による集団自決」を一つの争点にした家永教科書沖縄出張裁判も記憶に新しい。
「定説」は時には善意によってつくられることもある。 座間味島「集団自決」の「定説」には、沖縄戦で戦死や負傷した一般住民に対する「援護法」適用問題が絡んでいた。 「集団自決」においては「軍との雇用関係」、すなわち隊長命令があったとすれば「援護法」が適用され、遺族は救済される。
この根拠として母親の言質がとられた。 母親の戦後苦悩はここから始まる。 さらに関係者との板ばさみで苦悩は助長する。
そして母親は死を前に、娘への遺言として、「定説」とは違う真相を語った。 隊長命令はなかったと。
本書は、戦後世代の娘が母親と真剣に向かい合い。 苦悩を共有しつつある、かつ執念をもって真相を究明し、「定説」を覆した。 戦後世代の沖縄戦継承が問われている今日、戦後世代が沖縄戦を二次体験として、体験証言を検証し次世代へ継承するという著書の姿勢は今後の指針になるであろう。
島は特攻隊の秘密基地となり、島の人口を上回る千余人の兵隊が駐屯し、軍民混在の戦場となった。 逃げ場がなく追い詰められた住民の「集団自決」。 この経緯や背景を丹念に追いかけた著者は、「隊長命令は本質的問題ではない」「『集団自決』は、まさに“皇国日本”の総決算であったといわなくてはならない」と結論付けたが、このことについては私自身も含めて、沖縄戦研究者の更なる論証が求められている。(吉浜忍・沖縄県文化振興会史料編集室主幹)
 
                    ◇
 
大阪高裁判決で証明できなかった「軍命論」。それを必死に強弁する「お笑い軍命論」を再度列記する。

 
①「隊長命令の有無は問題ではない」

②「集団自決を隊長命令の背景を矮小化している」

③「軍のタテの構造に組み込まれた命令だ」

④「軍官民共生共死の一体化が軍命だ」

⑤「天皇陛下バンザイは軍命だ」

⑥「戦陣訓は軍命だ」

⑦「広義の軍命があった」

 

まさにお笑いだ!

 
 

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沖縄戦「集団自決」の謎と真実
秦 郁彦
PHP研究所

 

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