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沖縄戦「集団自決」の謎と真実 |
現在発売中の週刊新潮8月6日号で、櫻井よしこ氏の星雅彦氏への取材第二弾が掲載されている。
前回は最初に櫻井氏から電話が入り、取材の申し込みを受けたがお互いの日程が合わず、日時を設定して改めて櫻井よしこ氏の電話取材を受けたという。
その後、週刊新潮の記者が来県し、上原氏と二人で取材を受け、その取材内容を櫻井よしこ氏が目を通して特集記事にするとのことだった。
ところが今回は星氏のほうから電話をいれたという。
その記事の冒頭部分を紹介する。
《櫻井よしこ 日本ルネッサンス
沖縄戦、県民疎開に尽力した知事
沖縄の星雅彦氏が興奮気味に電話をかけてきた。
「昭和19年11月3日、那覇市で県民決起大会が開かれ『県民一丸となって戦おう。 元気な若者は戦おう。 老人と婦女子は日本古来の伝統にのっとり、後顧の憂いなからしめるために集団自決しよう』と決議したと報道されています。 この決議があったのなら、集団自決は軍命に関わりないことが明らかになります。 この報道の根拠はなんでしょうか」
星氏は文芸誌『うらそえ文藝』の編集長で、去る6月9日、日本軍の集団自決はなかった、だが沖縄のメディアはそのことを報じないと記者会見で語った人物だ。
沖縄戦で米軍の艦砲射撃が始まった後の昭和20年3月25日から29日にかけて、住民が自決、それは軍命だったとされてきた。しかし、それより4ヶ月以上前に県民大会で前述の決議をしていたとしたら、軍命説は覆されると星氏は言うのだ。
同決議を報じたのは05年9月号の『正論』だった。 発言の主は梅澤裕氏。 氏は集団自決を命じた本人とされ、同じく軍命を下したとされる故赤松嘉次氏とともに、大江健三郎氏から「罪の巨塊」「者」「アイヒマンのように、沖縄法廷で裁かれてしかるべき」と非難された(「沖縄ノート」岩波新書)。
梅澤氏は集団自決など命じていないとして、大江氏らを訴えている。
私は、星氏に問われてすぐ梅澤氏に電話し、氏が4年前に語った県民会議について尋ねた。 いま92歳の氏は電話口で実に詳細に語った。
「慰霊祭で二度目に沖縄に行ったとき、座間味にいた郵便局長の石川重徳さんから聞きました。 昭和19年の明治節(明治天皇誕生日、11月3日)に、沖縄本島で決起大会が開かれた。 集まったのは県長(知事)を筆頭に県庁の主要人物、市町村の長や助役、警察、消防の主だった人たちで、軍は参加していなかったそうです。 そこでは、間もなく米軍がくる、働けるものは第32軍(沖縄軍)に協力しよう。 しかし我々は日本人だ、老幼婦女子は自決して後顧の憂いなきようにしよう、となったそうです」》
記事はこの後、「消えた『沖縄新報』」という小見出しで、梅澤氏の談話が続くが、著作権の関係で続きは同誌を購入して読んで頂きたい。
ところで目取真俊氏が自身のブログで星雅彦氏との面会と題して、星氏と面談したこと書き綴っているが、星氏が裁判の判決文全文は読んでいないことを捉えて、「判決文も読まずに安易に発言するな」と取れる「ソフトな言論封殺」をしている。
記事内容に不自然な点が多いので、星氏に問い合わせたところ、意思疎通上の誤解なのか、それとも目取真氏の意識的・確信犯的な誤記なのか、星氏の発言が数箇所にわたて歪曲して報じられている。
その詳細はここでは省いて稿を改めたいが、そもそも目取真氏のような「裁判応援団」の中心人物ならともかく、裁判に関わっていない星氏が裁判の膨大な判決文を読まなければ発言できないと言う謂れはない。
「隊長命令の有無」に焦点を当てて発言している星氏としては、裁判の結果である「大江・岩波の謝罪・出版差し止め」などには興味がないようで、本人の言うように、判決は新聞の「判決要旨」を検証するだけで足りるはず。
結局、目取真氏はいつもの反対論者に対する得意の罵詈雑言を極力抑えて、「これ以上発言は控えるように」とソフトな圧力を加えたつもりらしい。
地元紙に連載コラムを持つ目取真氏なら、星氏の発言の疑問点は紙上で論ずれば済むことを、発言を控えろということは、やはり沖縄では沖縄二紙に反旗を翻した論調は罷りならんということなのか。
沖縄版・言論封殺魔の登場とは・・・。
ブルブル、恐ろしや!
【おまけ】
動画⇒ 集団自決はサイパンが近因だった!
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