キャンパスに立っている冬枯れのイチョウの下で、大学生の田村宮子は僕に言った。
「今年はホワイトクリスマスになるのかしら」
駅前のイルミネーションが輝くツリーの下で、OLの宮子は僕に言った。
「今夜は雪になるかしら」
ホテルでウエディングドレスを試着しながら、宮子は僕に言った。
「ホワイトクリスマスになったら最高なのに」
アパートの窓から空を眺めながら、赤ん坊を抱いた妻は僕に言った。
「今年はホワイトクリスマスかしら」
息子に勉強しろと怒鳴った後、妻が僕に言った。
「ねえ、あなた、クリスマスには雪が降るかしら」
夫婦二人ではもてあますクリスマスケーキを前に妻は僕に言った。
「雪は降りそうにないわね」
そんなにホワイトクリスマスはいいものなのだろうか。
そう思って、僕は調べてみたことがある。
気象庁によると東京でホワイトクリスマスになったのは、観測が始まってから五○年間ないそうだ。一九一九年(大正八年)に雪が降ったらしいという記録があるらしい。一番近いところでは、一九六○年に雪が舞ったらしいということが解った。
そんなことで、妻の期待もむなしくクリスマスが去っていくことが繰り返されていた。
しかし、それもいつのころからか変わった。
部屋の明かりを消しキャンドルだけが点る部屋。
マンションの窓からは都会の夜景が輝いて見える。
シャンパンの栓をとばし、グラスに注ぐ。
小さな音を立てて乾杯。
「今年も来たわね。ホワイトクリスマス」
妻の白髪がキャンドルの明かりに映える。
「そうだな……」
僕はいささかはにかみながら自分の白髪頭をなでた。