『そばかすのキス』では、重要な命題が歌われている。
「夏の恋は続かないって いつか先輩から聞かされた」。
この「先輩」とは誰のことだろう。
先輩は爆風スランプである。『リゾラバ(resort lovers)』は、「全部嘘さ そんなもんさ 夏の恋はまやかし」と歌う。開放的になるリゾートで生まれた恋は、激しく燃え上がるけど、長くは続かず、秋の訪れとともに醒めていくという典型的なストーリーを歌っている。
先輩は石川秀美である。『哀しみのブリザード』は、「サーフボードと夏が過ぎてくと 輝いてた季節も急に褪せてく 波打ち際振り向く私に ごめんねとどうして言うの」と歌う。これも典型的な夏の恋の終わり。石川秀美は前作の『ゆ・れ・て湘南』でも同テーマを歌っていた。硬質な声が悲恋に似合うのだろう。
先輩は渡辺満里奈である。『夏休みだけのサイドシート』は、「これが 今日が 最後のサイドシートね 夏が終われば 別の人がこのシート待っているの」と達観。彼は夏休みに車で帰省してきた大学生なのだろうか。悲しい曲なのに軽快なリズムで、それがまた寂しさを際立たせる。
同じ渡辺満里奈でも『マリーナの夏』は、去年は「ひと夏の淡い思い出」に過ぎなかった彼にもう一度会うために、「片想い12ヶ月」を超えて来たという、希望に満ちた歌。健気だが、仮にめでたく恋人になれたとしても、夏の終わりには、悲しい別れがあるとも知らずに。
先輩は榊原郁恵である。『夏のお嬢さん』のB面『9月になれば』は、代表曲であるA面曲とは対照的に、しっとりとした佳曲。「二人の気持が 本気か遊びか 9月になればわかる」と軽やかに歌う。続かないとは言っていないが、続かない傾向があることを認めた歌詞だろう。
先輩は松田聖子である。これまたB面で恐縮だが、『渚のバルコニー』のB面『レモネードの夏』は、去年の夏に恋して別れた彼にキチンとさよならを言うために、去年と同じリゾートに来ているという設定。これは先の渡辺満里奈の『マリーナの夏』とは反対の設定。
もう1曲、松田聖子のアルバム曲で、後に北岡夢子がシングルでカバーした『マイアミ午前5時』。「マイアミの午前5時 街に帰る私を 優しく抱きしめたら 鞄を投げ出すのに 生きる世界が違う そう優しく呟く 横顔の切なさが 憎らしい」という聖子ぶし全開の歌唱。彼女も夏の恋に後ろ髪引かれながら、去って行くのだ。
先輩はAKB48自身の『涙の湘南』の主人公である。
自分自身の去年の恋を思い出しながら、「よく似た恋人たち はかない恋と知らずに 体を寄せるけど 愛しき誤算」とシニカルに見ている。いかにも後輩の女の子に「夏の恋なんて続かないものよ。」などとしたり顔で講釈していそうだ。
「スプーンですくったレモンのかき氷は あの夏の口づけ一瞬で溶けてく」とは、恋が消えることの比喩である。『そばかすのキス』の「いちごミルクのかき氷 とけるまで話したね」はこの歌詞を完全に踏襲している。楽しい語らいの時間も、実は別れの時までの一瞬にすぎないということ。
また、『そばかすのキス』は、過ぎた夏の恋を思い出しているという状況は『ビーチサンダル』の世界と同じ。「片方だけのビーチサンダルが色褪せた恋」と歌詞にも登場させている。
『そばかすのキス』は、「夏の恋は続かない」という命題を肯定しているのか、否定しているのか分かりにくい。「夏の恋は続かないって 否定していたけど本当ね」と言うからには肯定しているのだろう。でも「夏の恋はずっと残る 日焼けがそばかすになるように」とも歌う。題名からしてそうだ。
つまり、恋は続かなかったけど、私の中ではしっかりと刻印されて残っている、ということなのだ。
『涙の湘南』のあの先輩も、「焼けた小麦色の肌に水着の跡 あの夏の後遺症忘れられない・・・もう一度愛されたい 涙の湘南」と歌っている。
アイドル好きには人気の高い、岩崎宏美の『夏に抱かれて』では、「LOVEと二人して背中にテープを貼ったの 白い文字だけが残るわ真夏の記念よ 季節が移り文字が消えても愛は残るわ 私のこの胸に鮮やかに」と歌う。
まさに『そばかすのキス』と対照的なレトリックではないか。
『そばかすのキス』では、日焼けはそばかすになって残る。『夏に抱かれて』では、日焼けの跡は消えても愛が残る。
偶然に発見し、思わずにんまりする瞬間だ。
「夏の恋は続かないって いつか先輩から聞かされた」。
この「先輩」とは誰のことだろう。
先輩は爆風スランプである。『リゾラバ(resort lovers)』は、「全部嘘さ そんなもんさ 夏の恋はまやかし」と歌う。開放的になるリゾートで生まれた恋は、激しく燃え上がるけど、長くは続かず、秋の訪れとともに醒めていくという典型的なストーリーを歌っている。
先輩は石川秀美である。『哀しみのブリザード』は、「サーフボードと夏が過ぎてくと 輝いてた季節も急に褪せてく 波打ち際振り向く私に ごめんねとどうして言うの」と歌う。これも典型的な夏の恋の終わり。石川秀美は前作の『ゆ・れ・て湘南』でも同テーマを歌っていた。硬質な声が悲恋に似合うのだろう。
先輩は渡辺満里奈である。『夏休みだけのサイドシート』は、「これが 今日が 最後のサイドシートね 夏が終われば 別の人がこのシート待っているの」と達観。彼は夏休みに車で帰省してきた大学生なのだろうか。悲しい曲なのに軽快なリズムで、それがまた寂しさを際立たせる。
同じ渡辺満里奈でも『マリーナの夏』は、去年は「ひと夏の淡い思い出」に過ぎなかった彼にもう一度会うために、「片想い12ヶ月」を超えて来たという、希望に満ちた歌。健気だが、仮にめでたく恋人になれたとしても、夏の終わりには、悲しい別れがあるとも知らずに。
先輩は榊原郁恵である。『夏のお嬢さん』のB面『9月になれば』は、代表曲であるA面曲とは対照的に、しっとりとした佳曲。「二人の気持が 本気か遊びか 9月になればわかる」と軽やかに歌う。続かないとは言っていないが、続かない傾向があることを認めた歌詞だろう。
先輩は松田聖子である。これまたB面で恐縮だが、『渚のバルコニー』のB面『レモネードの夏』は、去年の夏に恋して別れた彼にキチンとさよならを言うために、去年と同じリゾートに来ているという設定。これは先の渡辺満里奈の『マリーナの夏』とは反対の設定。
もう1曲、松田聖子のアルバム曲で、後に北岡夢子がシングルでカバーした『マイアミ午前5時』。「マイアミの午前5時 街に帰る私を 優しく抱きしめたら 鞄を投げ出すのに 生きる世界が違う そう優しく呟く 横顔の切なさが 憎らしい」という聖子ぶし全開の歌唱。彼女も夏の恋に後ろ髪引かれながら、去って行くのだ。
先輩はAKB48自身の『涙の湘南』の主人公である。
自分自身の去年の恋を思い出しながら、「よく似た恋人たち はかない恋と知らずに 体を寄せるけど 愛しき誤算」とシニカルに見ている。いかにも後輩の女の子に「夏の恋なんて続かないものよ。」などとしたり顔で講釈していそうだ。
「スプーンですくったレモンのかき氷は あの夏の口づけ一瞬で溶けてく」とは、恋が消えることの比喩である。『そばかすのキス』の「いちごミルクのかき氷 とけるまで話したね」はこの歌詞を完全に踏襲している。楽しい語らいの時間も、実は別れの時までの一瞬にすぎないということ。
また、『そばかすのキス』は、過ぎた夏の恋を思い出しているという状況は『ビーチサンダル』の世界と同じ。「片方だけのビーチサンダルが色褪せた恋」と歌詞にも登場させている。
『そばかすのキス』は、「夏の恋は続かない」という命題を肯定しているのか、否定しているのか分かりにくい。「夏の恋は続かないって 否定していたけど本当ね」と言うからには肯定しているのだろう。でも「夏の恋はずっと残る 日焼けがそばかすになるように」とも歌う。題名からしてそうだ。
つまり、恋は続かなかったけど、私の中ではしっかりと刻印されて残っている、ということなのだ。
『涙の湘南』のあの先輩も、「焼けた小麦色の肌に水着の跡 あの夏の後遺症忘れられない・・・もう一度愛されたい 涙の湘南」と歌っている。
アイドル好きには人気の高い、岩崎宏美の『夏に抱かれて』では、「LOVEと二人して背中にテープを貼ったの 白い文字だけが残るわ真夏の記念よ 季節が移り文字が消えても愛は残るわ 私のこの胸に鮮やかに」と歌う。
まさに『そばかすのキス』と対照的なレトリックではないか。
『そばかすのキス』では、日焼けはそばかすになって残る。『夏に抱かれて』では、日焼けの跡は消えても愛が残る。
偶然に発見し、思わずにんまりする瞬間だ。