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てらまち・ねっと



 石原産業が豊橋市に搬入・処理する計画は白紙撤回された。会社の説明は「地元の反対も考慮したが中止した理由はそれだけではない。(代わりの)処理計画はこれから検討する」。

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● 豊橋・処分場にフェロシルト搬入計画 「住民が阻止」申し合わせ  3月5日 中日 
 豊橋市東細谷町の産廃中間処分場に石原産業(大阪市)が製造した土壌埋め戻し材「フェロシルト」の搬入が計画されている問題で、処分場の近隣住民による勉強会が3日夜、地元の公民館であった。搬入阻止に向け、付近住民が一体となった活動を展開することを申し合わせた。
 処分元の産廃処理業者「ミダック」(静岡県浜松市)が2日開いた「事業報告会」に出席した住民が、今週早々に石原産業四日市工場からフェロシルトが搬入される可能性がある点を報告。反対運動を展開する時間が少ないことから、住民からは「個人や1町で動いていては効果がない。3町で要望書を出すなどしないと厳しい」と連携を求める声が相次いだ。
 別の町内の男性は「フェロシルトが持ち込まれれば豊橋市全体のイメージが悪くなる。近隣3町だけの問題ではない」と指摘。全市的な問題としてとらえる必要性を訴えた。 (越田普之)

● フェロシルト豊橋搬入中止  3月7日 東日新聞
 石原産業(本社・大阪市)のフェロシルト(産業廃棄物)豊橋搬入処理問題で6日、
 市廃棄物対策課によると、この日午後2時20分過ぎ、石原産業の安藤正義常務取締役から尾川克也環境部長に電話が入り、「総合的な観点から、ミダックへ搬入しないことを決めた」と連絡が入った。前日、尾川部長が来庁した同社社員に対し、あらためて市長名で出していた要望書の回答を求めたのに答えた。

 続いて午後4時15分過ぎ、ミダックの土井社長から廃棄物対策課に電話が入った。職員が内容を聞き取り、尾川部長および加藤三男助役、早川勝市長に報告した。

 「石原産業と協議の上、受け入れないことにした。このことは当方から地元町内会の代表である豊清町総代(浅井末義氏)に連絡した」という内容だった。

 早川市長は「今回の両者の判断は、適切妥当なものである」とのコメントを発表した。

 関係7町が断固反対を表明したほか、市議会でも反対質問(通告)が相次ぐ騒ぎに発展していた

● 愛知・豊橋への搬入を断念 石原産業のフェロシルト  3月7日 中日
 有害物質を含む土壌埋め戻し材「フェロシルト」を愛知県豊橋市内の産廃中間処分場に搬入する計画をたてていた石原産業(大阪市)は6日、計画の中止を決め、豊橋市に伝えた。理由については「総合的な観点から」としている。
 市によると、同日午後に石原産業の安藤正義常務から電話で市環境部に計画中止の連絡があった。処理する予定だった産廃処理業者「ミダック」(静岡県浜松市)からも同様の報告を受けた。
 市への届け出では、石原産業は4日市工場で保管する高濃度の六価クロムを含むフェロシルト2000トンを豊橋市東細谷町のミダックの中間処理場に3月末までに搬入。薬剤で六価クロムを無害化する計画だった。石原産業の炭野泰男常務は本紙の取材に「地元の反対も考慮したが中止した理由はそれだけではない。(代わりの)処理計画はこれから検討する」と答えた。


● フェロシルトで地元民傍聴  3月10日 東日新聞
 豊橋市議会定例会本会議は9日再開し、一般質問を続けた。尾崎義明(清志会)▽坂柳泰光(同)▽朝蔭芳治(同)▽鈴木博(公明)▽渡辺則子(市民会議)の5氏が立ち、フェロシルト問題、資源化センター新焼却炉、風力発電、ファーマーズマーケットなどの諸課題について質問。3日間にわたる代表・一般質問を終えた。フェロシルトの質疑に地元7町の総代ら約80人が傍聴した。

 【フェロシルト問題】石原産業のフェロシルトが豊橋市内に搬入され、中間処理される計画が中止となった問題について、尾崎、渡辺両議員が取り上げ、市の対応などを聞いた。

 尾崎氏が説明会について市が仲介するように求めたが、尾川克也環境部長は「受け入れ業者(ミダック)に対し、環境保全協定に基づき、地元住民に説明責任を果たし、情報を提供するように指導した」点を強調。「説明会は事業者が行うべきであり、排出事業者も出席するように指導した」。

 尾崎氏は「市長が要らない施設だと言えないか」と指導力を迫ったが、早川市長は答弁に立たなかった。また口頭で中止を伝えてきたことに対し、「文書を要求すべきだ」と求めたが、尾川部長は「届け出であり、口頭で有効だ」との見解を示した。

 傍聴した豊清町の浅井末義総代は「搬入中止となったことに対しよくやってくれたが、もう少し早く、詳しい説明が欲しかった」と感想。



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 3月9日の東京・中野での浅野史郎さんの集会。中野駅で中央線の列車からホームに降りたら、隣は、集会の呼びかけ人代表の法政大の五十嵐敬喜さん(都市政策論)に似ていました。
 「五十嵐さんですか?」と声をかけました。
 こちらを向かれたので、間違いないことがわかりました。
 「岐阜の寺町です」と話したら、「あーっ、どうもどうも」と。
 2月25日の集会のことを覚えていてくださったようです。

 会場の、中野ゼロホールまでの道中、お話ししながら歩きました。

 25日は沈黙だった浅野さんは、この日は、まず20分を一気に語りました。

 浅野さんは人に火をつけるのもうまいから、途中と、最後に本人の話を入れて盛り上げれば、なおいいのにと思いつつ・・・ 9日の参加者は800人。
 移転問題にゆれる築地市場の関係者の発言もあり、浅野さんは、集会後に、翌日、築地に行くことを即決したらしい。

 ・・・翌日、10日の朝刊各紙を買って帰ろうと思っていました。それで、10日午後の上野千鶴子さんの講演会のあと、東京駅に戻って新聞を買おうと思ったら、夕刊に入れ替わっていました。

(写真をクリックすると拡大。写真右下あたりのクリックでさらに拡大)
  今見たら、浅野さんのページは、トップがガラッと模様替えされていました

 ←これは、前回2月25日の集会の帰りの
 新幹線からの写真(26日)。

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● 都知事選:「情報公開」が争点に浮上  3月10日 毎日
 4月の東京都知事選で、情報公開のあり方を巡り立候補予定者間の論戦が激しくなっている。宮城県知事時代に情報公開を進めた浅野史郎氏(59)は石原都政を「秘密主義」と批判。これに対し3選を目指す石原慎太郎知事(74)は、浅野氏が県警の捜査報償費開示を求めたため「捜査にそごを来した」とやり返し、対抗意識をむき出しにしている。【北村和巳、鈴木梢】

 浅野氏は93年に宮城県知事就任後、県の食糧費の不正経理問題をきっかけに情報公開に取り組んだ。仙台市民オンブズマンの住民訴訟を受け、不透明さが指摘される県警の捜査報償費に切り込み、開示を拒まれると05年6月に予算の執行を停止した。
 石原氏は9日の定例会見で「浅野君を批判するつもりはない」と前置きしながら、捜査報償費の開示問題に触れた。「現に宮城県は検挙率が下がった。開示、開示と言ったって、ある意味危険で、治安にも影響してくる」と語気を強めた。
 東京都は情報公開制度自体の立ち遅れが目立つ。石原氏の知事交際費や海外出張の概要は、2月に都ホームページでの公開方針が示されたが、東京地裁判決で一部支出を違法認定されたり、高額さが問題視されたための措置だった。

 全国市民オンブズマン連絡会議が毎年公表する情報公開度ランキングで、東京都は06年まで9年連続「失格」。開示の際、コピー代のほか閲覧手数料も徴収するためだ。宮城県は浅野氏の知事在任中、1位を7回獲得した。
 石原氏は「公開請求の55%は都外の人で、東京での業務展開に必要とする人が多い。都民の税金を使うわけにいかず、『失格』というのは、とんちんかん」と反論する。 

 一方、浅野氏は6日の都知事選出馬会見で「情報公開こそ、都政を貫く基本姿勢」と強調。宮城県警の捜査報償費開示に取り組んだ理由を「予算執行の最終責任者としての義務」と説明した。9日には石原氏の発言に「情報公開は都民との問題意識の共有。オンブズマンの評価は客観的事実」と述べた。
 宮城県警の捜査報償費は、05年11月の自身の知事引退に伴い開示は実現しなかった。都知事に当選した場合、警視庁にも開示を求めるか問われ、「都民は説明のつかない税金の使い方を許さない。狙い撃ちするつもりはないが、それはやる」と宣言した。

 情報公開に関し、共産党推薦の吉田万三・元足立区長(59)は「知事の公務日誌や交際費支出の全容をホームページで公開するなどガラス張りの都政を実現する」、建築家の黒川紀章氏(72)は「都の隠れ借金となっている外郭団体の不良債権をすべて洗い出し公開する」と主張している。
毎日新聞 2007年3月10日 10時43分


● 石原都知事「攻め方変える」  3月9日 日刊スポーツ
 22日告示の東京都知事選を控え、3選を狙う石原慎太郎知事(74)は都議会が終了した9日、「(これまで)ストレートに攻めてましたが、新しい攻め方を考える」と述べ、かつてない逆風を意識し、選挙戦術を再構築する考えを示した。
 挑む前宮城県知事浅野史郎氏(59)は、出馬のきっかけとなった市民グループの集会に出席。約500人を前に「建設的ではないので今日以降は(石原)都政の悪口は言わない。情報公開で透明、品格ある東京をつくりたい」と話した。

 定例会見で石原知事は高額接待費や都政私物化などの批判があることを念頭に「だいぶバッシングされてきた。そう安閑としていられないと思う。(アドバイザー役となる)『軍師』を迎え、それでいこうと」と話した。

 浅野氏や建築家黒川紀章氏(72)が制度の徹底を公約とし、元足立区長吉田万三氏(59)を推薦する共産党も活用してきた「情報公開」に関する質問に、知事は「限度があると思う。浅野君を批判するつもりはないが、宮城県での警察の経費を全部開示しろと。これ警察の捜査に非常にそごを来します。現に宮城県の検挙率は下がった」と宮城県知事時代の浅野氏を批判した。

 またコピー代の手数料を取る都の情報公開が市民団体から「失格」とされたことに、知事は「(情報公開請求の)55%が都外の利用者。都民の税金を使うわけにはいかない。失格と言うのは、とんちんかん」と述べた。
[2007年3月9日22時4分]


● 「都知事選:築地市場の移転問題巡り、各候補が舌戦」  3月11日 毎日新聞
 東京都知事選で、「日本の台所」築地市場(中央区)の移転問題が争点に浮上している。石原慎太郎知事(74)は12年度に江東区豊洲地区へ移転させる方針だが、予定地の土壌汚染が判明し反発は根強い。吉田万三・元足立区長(59)は計画撤回を主張、建築家の黒川紀章氏(72)も移転反対デモに参加。浅野史郎前宮城県知事(59)は10日、現地視察し移転に慎重な姿勢を示した。
 
 築地市場は手狭なうえ老朽化し、都は01年に東京ガスの工場跡地への移転を決定した。しかし、予定地で環境基準を超える鉛やヒ素、シアンなどが検出された。土壌を入れ替え、アスファルトで被覆する都の対策では不十分との指摘がある。

 浅野氏は10日、築地市場を初めて訪れた。移転反対派の仲卸業者らでつくる「市場を考える会」の案内で場内を歩いた。同会の「安全安心な生鮮食品を提供できなくなる」との訴えに耳を傾けながら視察。これまで移転問題に言及しなかったが、「毒だと言われる土地に移転したら風評被害が発生する。今すぐ是非は言えないが、科学的データを広く知らせて議論すべきだ」と語った。

 一方、石原氏は「築地は古くて清潔でない。都民や消費者の利益を考えれば、市場を維持するわけにはいかない。ほかに適地はない」と強調する。築地の跡地は招致を目指す16年五輪のメディアセンターとする考えだ。【鈴木梢、北村和巳】
毎日新聞 2007年3月10日 20時57分

● 「出陣 07都知事選 現場で知った本来の福祉」   3が9日 東京新聞

■前宮城県知事 浅野(あさの) 史郎(しろう)氏(59)
 「地方自治のエキスパート。自分で言うのも何だけど(都知事は)適任でないこともない」。宮城県知事三期十二年を全うした自負がある。

 ゼネコン汚職に伴う県知事選で初当選。対立候補は逮捕された知事補佐役の副知事だった。

 「私を知事に推したのは、能力や実績ではなく『宮城県の恥を吹き払ってほしい』という県民の思い」。これを「出生の理由」と位置付け、知事として悩むたびに立ち戻った。

 厚生省(当時)課長からの転身。クリーンな官僚候補を探す新党さきがけなどから「最後の一人」として担ぎ出された。都知事選で民主党から「最後の一人」として推薦候補の打診を受けた図式に似ている。

 当時は、そのまま政党推薦を受けた。当選後、「選挙が終われば味方が怖い」と知る。見返りを求める人たちに、便宜供与は一切しないという意味で、「選挙の借りは選挙(を支援すること)で返す」と宣言した。

 政党推薦を排した勝手連頼みの「浅野流選挙」は、二度目の県知事選から。「選挙の図式が、知事のありようを決定づける」と、しがらみを断った。結果は自民、新進(当時)両党の「保保連合」候補を二倍の得票で破っての再選だった。

 「日本一の福祉先進県に」が、一期目からの公約。福祉への傾倒は一九八五年、厚生省から北海道福祉課長への出向がきっかけだ。

 「施設を造ってくれ、補助金を確保してくれという陳情が殺到した。 おかしいぞ。障害者はそんなことを望んでいない」。現場を知るほど、 本来の福祉とは「あわれみではなく、社会を住みやすくする国づくり。 福祉に携わる人は国士」との思いを強くする。

 県知事時代は、障害者と健常者が助け合いながら暮らす、ノーマライゼーションの実現に力を入れた。

 二〇〇五年八月、「権力に長く居座ると腐敗する」と、突然の四選不出馬宣言。それから一転しての都知事選出馬は「ふるさと日本が荒れんとしている」から。ゼネコン汚職の際も、「ふるさと宮城が荒れんとする」と称した。

 東京からの政治改革を意図して、都知事選に出馬した。「理由の一つが、都政の惨状だ。『政治をあきらめたい』という(都民の)状況が見て取れる」

 「選挙を通じて知事になっていく」。元神奈川県知事の故長洲一二氏の言葉が行動指針。「選挙は好き。わくわくしている。大げさでなく日本の政治風土を変えたい」 (小坂井文彦)


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