●10月あなたの「マイナンバー」が届かないこのままでは住基ネットの二の舞になる 現場はすでに戦々恐々!
2015年08月07日(金) 週刊現代 賢者の知恵 「週刊現代」2015年8月8日号より
マイナンバー社会保障・税番号制度HPより
このまま突き進んでうまくいくのか、官僚たちにも分からない。しかし、かつてないパニックが起きることだけは確かだ。あなたの全てを管理する番号が、「行方不明」になってしまうかもしれない。
郵便局の人手が足りない
「霞が関で飛びかう『新国立競技場が白紙撤回になった。こっちもできそうにないんだから、早いところスケジュールを見直したほうがいいんじゃないか?』なんて話が、あながち冗談とも言えなくなってきました。
正直言って、『今年中に番号の通知ができれば御の字』じゃないでしょうか。とてもじゃないけれど、今年の10月には間に合わない。まったく国民に浸透しなかった『住基ネット(住民基本台帳ネットワークシステム)』の二の舞になりかねません」
こう漏らすのは、ある内閣官房職員である。
「マイナンバー」の通知まで、あと2ヵ月あまりとなった。まずは10月から、1億2700万人の国民一人一人に、その人固有の12桁の番号が書かれた「通知カード」が送られる。その後、来年1月以降、身分証にもなる「個人番号カード」が発行される——はずなのだが、その準備は遅々として進んでいない。
背景には、いかにも霞が関らしい、組織間の「力学」がある。計画を主導するのが内閣官房、カード作りや地方自治体とのすり合わせを担当するのが総務省、そして番号を全国民に伝えるインフラとなるのが日本郵便。この三者の間の連携が、バラバラなのだ。
「特に足を引っ張っているのが、総務省の自治行政局です。ここが自治体への啓蒙や指導をやらなければならないのですが、とにかくやる気がない。彼らはかつて住基ネットを担当していたので、その失敗がトラウマになっているんでしょう。同じような仕事を内閣官房が成功させるのは面白くない、という嫉妬もある」(前出・内閣官房職員)
とはいえ、彼らは試験を勝ち抜いてきた誇り高きエリート官僚たち。その辞書に「間に合わない」「できない」はない。何とかして全国民分の通知カードを刷り上げるところまでは必死でやるだろうが、割を食うのはいつの時代も現場である。ある総務官僚が言う。
「通知カードは、全国の5200万世帯すべてに簡易書留で送る予定になっています。いっぺんにこれだけ大量の書留を配達するなんて、日本郵便にとってもまさに前代未聞。『明らかに人手が足りない』『内勤の職員まで配達に回らないといけないのではないか』と懸念の声が出ています。
そんな調子なので、簡易書留の代金は1通あたり310円ですが、マイナンバーの発送予算については日本郵便側が『割に合わない』と言って、本来の額より高い『言い値』で請求してきているそうです」
10月、郵便職員は文字通り日本中を駆けずり回ることになるだろう。しかし、いくら彼らが奮闘しようとも、カードを受け取れない人が膨大に出てくるのは間違いない。各地で「マイナンバー・パニック」の幕が上がる。
個人情報だから「転送不要」
まず、言うまでもなく、簡易書留を受け取るには、本人の印鑑やサインが必要だ。たまたま家を空けていて通知カードを受け取れなかった場合、1週間以内に郵便局へ取りに行くか、都合のいい日時を郵便局に伝えればもう一度配達される。だが、何もしなかった場合、カードは自治体へ送り返されてしまう。そこから先どうするかは、いまだ「検討中」だという。
「住民票のある場所に一家の誰も住んでいなかったり、全く別の人が住んでいるというときも、同じく自治体にカードが戻ってきます。その後自治体の側で新しい住所を改めて確認し、送り直すということになっています」(内閣官房マイナンバー担当部署職員)
最大の問題は、番号通知カードは必ず「今、その人の住民票があるところ」に送られてくるということだ。
普通の郵便物なら、たとえ引っ越しをしてすぐに住民票を移さなくとも、郵便局に新しい住所を知らせておけば転送してもらえる。しかし、この通知カードには氏名・住所・生年月日などなど、個人情報が盛りだくさんなので「転送不要」扱いとなる。つまり、待っていても新しい住所にはなかなか送られてこない。
また、住民票を移さないまま転々と引っ越しを重ねている人も少なくない。自治体側からは消息をたどれず、どこに住んでいるか確認できない人が大勢出てくるはずだ。
こんなケースも多発するだろう。東京で一人暮らしをしている息子が、住民票を実家から移していないと、実家に息子のマイナンバー通知カードが送られてくる。その場合、自分たちで息子に通知カードを転送しなければならない。
「結局は、実家から本人へ送り直す手間があちこちでかかるということです。子供に対していちいち書留で送るというのも変な話ですから、普通郵便で送られて、郵便受けに入れっぱなしなんてことになれば、紛失したり、通知カードごと盗まれたりするかもしれない」(前出・総務官僚)
マイナンバーという「最強の個人情報」を狙う犯罪者たちは、この秋を書き入れ時と見て、舌なめずりしながら準備を進めているとみられる。実家から送られてくるはずの通知カードが、待てど暮らせど届かないと思ったら、封筒ごと盗まれていた—ということも起こりかねない。
かねてからマイナンバーのリスクに警鐘を鳴らしている、白鴎大学教授の石村耕治氏も言う。
「政府や官僚たちは、今年6月に公表された日本年金機構の情報漏洩事件のことばかり気にして、『官のセキュリティさえきちんとすれば、漏洩や紛失は起きない』の一点張りです。
しかし、マイナンバーが載っている書類のやりとりと管理をするのは、役所だけではありません。普通の家庭や中小零細企業で、管理を徹底するなんてムリですよ。結局は民間レベルで『ダダ漏れ』状態になるのが目に見えています」
そもそも住所が分からない
麻生太郎政権下で立案され、'09年に全国民に1人あたり1万2000円が配られた「定額給付金」。この申請書類を全世帯に送った際も、全国の主な自治体だけで、少なくとも24万7000通が「あて所に尋ねあたらず」として戻ってきた。
定額給付金の申請書類が届かなくても——1万2000円の損はするが——その時限りの話で、どうということはないかもしれない。しかしマイナンバーは違う。会社に勤めるにも、税金を払うにも、年金を受け取るにも、一生ついて回ることになる。「届かなかったけど、まあいいか」では済まされないのだ。
「カードの送り先の住所そのものが分からない、存在しないというケースも相当数出るでしょう。住民票を持たず、もともと番号が割り振られない皇族などはいいとして、例えばホームレスや日雇い労働者のような住所不定の人たちの宛先を、どこまで労力を割いて調べるのか。夜逃げや家庭内暴力に遭って、やむを得ず家を離れて暮らしている人はどうするのか。そういう細かいところが決まらないまま、見切り発車しようとしているのです」(前出・総務官僚)
たとえ通知カードが予定通り10月に発送されたとしても、「届かない」「失くした」などと各地で次々にトラブルが起こり、そのたびに泥縄式に対応せざるを得ない。その時、実務にあたるのは市町村などの地方自治体ということになるが、はたして彼らにその能力とやる気があるのか、はなはだ心もとない。前出の内閣官房職員が言う。
「残念ながら、地方自治体の末端職員には、モラルの低い者もいます。本来ならば職員全員にIDを振ってマニュアルを作り、徹底的に指導しなければならないのですが、そんなことがあと数ヵ月でできるはずもない」
不安は山積みだが、仮にこの10月、滞りなくマイナンバーの通知カードがあなたのもとに届いたとしよう。そのとき、何をすればいいのか正直よく分からない、という読者も多いはずだ。
先に述べた通り、マイナンバーは絶対に他人と被ることのない唯一無二の番号であり、一生変えることができない。それだけに「4と9が並ぶ縁起の悪い数字だったらイヤだな」とか「1や7のゾロ目だったらなんとなく嬉しい」と思うのが人情だろう。しかし内閣官房マイナンバー担当部署幹部によれば、
「マイナンバーは住基ネットの番号をもとに、ある一定の方法でコンピュータによって作り出されます。12桁のうち何桁かがゾロ目になることはあるかもしれませんが、例えば『000000000001』や『123456789012』といった番号は最初から使わないようにする方針です。なお、『4や9が多いから番号を変えてくれ』という要望は出ると思いますが、残念ながら応じられません」
という。
もう「白紙撤回」したら?
また、マイナンバーとともに名前と顔写真、生年月日、住所などが記されたICカード「個人番号カード」が来年1月以降交付されるが、これは希望者のみ。必ず申請しなければならないわけではないから、焦って役所に駆け込むことはない。
「個人番号カードを身分証として持ち歩くつもりがない場合は、通知カードを自宅に保管しておいて、必要な時にだけ見るようにするといいと思います。番号を覚えておく必要は必ずしもありません。銀行の口座番号とか、クレジットカードの番号と同じような重要度だと考えてください。
また、個人番号カードの交付申請はスマートフォンからもできるようにシステム作りを進めています。顔写真もスマホの『自撮り』で大丈夫です」(前出・内閣官房マイナンバー担当部署幹部)
上に掲載したのは、現在検討中の、10月に各世帯へ送られる予定の通知カード・個人番号カード交付申請書様式案である。申請書の下段にはQRコードが印刷されており、これをスマホで読み取れば、申請書の郵送提出はいらないという。
ただ、あらゆる個人情報と結び付けられ、一生付き合うことになるマイナンバーを、スマホや携帯経由でやりとりし、クレジットカード番号などと同列に扱うのには抵抗を覚える、という人も少なくないはずだ。
'02年に稼働した住基ネットは、総額1500億円ともいわれる税金を注ぎ込んだにもかかわらず、ほとんど活用されていない。カネばかりかかって無用な混乱を招くのなら、いっそマイナンバーも「白紙撤回」で構わないのだが。
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