tetujin's blog

映画の「ネタバレの場合があります。健康のため、読み過ぎにご注意ください。」

デ初め

2010-01-10 23:43:11 | プチ放浪 都会編

 
 
 
 

切り替えたパスポートを受け取りに行く途中のことだった。
電車に乗ろうと近くの駅の階段を上がったら、青い着ぐるみのイルカが派出所のおまわりさんに連行されていた。
青いマスコットキャラクターが、白日の下、両脇を婦人警官と警官の2人に抱えられて歩いていたのだ。

2人の制服の警官の間の真っ青なイルカ。。
あまりにも日常とはかけ離れたそのシーンに遭遇したボクは、しばらくあっけに取られたまま3人を見送るしかなかった。
3人が通り過ぎてから、カメラを持っていたことに気がついてコンデジでその情景を写そうとしたのだが、写真を撮ることはできなかった。

さらに電車で街中まで出て、今日は市の消防隊の出初め式があることに気がついた。駅前の広場で消防音楽隊のコンサートが開かれていた。そしてそこにも、イルカの着ぐるみがいた。
つまり、近くの駅でイルカの着ぐるみのまま連行されていたのは、消防関係の人だったのだ。

ボクの住む町の駅前のスペースでは、朝の出勤時に政治家が演説したり、女性のアルバイターがティッシュを配ってたり、あるいは、ストリート・ミュージッシャンがギターを弾いていたりする。
でも、これまでに政治家などが警官に連行されたりする姿を見たことはない。
基本的に駅前のスペースで何かをしようとする時は、届出が必要なのかもしれない。そして、今日のイルカの着ぐるみは、それをしてなかったのだろうか・・・。
ストリーテーラーとしていろんな話の展開を考えたのだが、残念ながら愉快な話浮かばない。そもそも、何の罪もない着ぐるみを連行するのは、ひょっとしたら、嫌がらせによるものなのだろうか。。

実は、連行されていた着ぐるみの中は若い女性だった。そして、連行していた警官の一人は若い婦人警官。
さて、同じ公務員でも、着ぐるみのほうを応援してしまうのは、やっぱり、親近感のせい?


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長谷寺 観音さま

2010-01-08 23:07:15 | 古都 鎌倉

 
 
 
 

【撮影地】鎌倉市長谷 3-11-2(長谷寺(はせでら))(2009.10月撮影)
Copyrights© 2005-2010 TETUJIN
all rights reserved.

観音さまの縁日は、寺によって17日であったり、18日であったりとさまざまだが、長谷寺は18日のようだ。
古くは「今昔物語集」の中でも、縁日にお参りをすると特に観音さまのご利益を授かれるとされている。長谷寺は長谷の花の寺としてあまりに有名だ。
境内は観音山の裾野に広がる下境内と、その中腹に切り開かれた上境内の二つに分かれている。
入口には浅草寺のような大きな提灯が飾られ、門を入ると妙智池と放生池の2つの池が正面に見える回遊式庭園に続く。上境内には、本尊である十一面観音菩薩像(長谷観音)が安置される観音堂や諸堂宇が建ち並び、見晴台からは鎌倉の海と街並みが一望できる。
四季折々の花木に彩られた境内は鎌倉の西方極楽浄土に例えられ、季節によって寺の風景を楽しませてくれる。この寺を愛した文学者も多い。

昨年のことで恐縮だが、「納めの観音」の12月18日に歳の市が催されていた。長谷観音の信号からの参道で、だるま、熊手、神棚、暦、注連縄など正月準備の縁起物が販売され、さまざまな露店も出てごったがえしていた。ライトアップされた境内では、千両や万両、福寿草などの植木や、名物の「甘酒」が販売されていた。
2009年のこの夜の観音さまは、ひときわ優しいお顔をして身近に感じられ、人々の話や願いを笑顔で受け止めてくれているようだった。


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成田山新勝寺 護摩焚き(ごまたき)

2010-01-07 23:10:20 | プチ放浪 都会編

 
 
 
 

【撮影地】千葉県成田市成田1番地(成田山新勝寺(なりたさんしんしょうじ))(2010.1月撮影)
Copyrights© 2005-2010 TETUJIN
all rights reserved.

護摩焚きは、護摩木という特別につくられた薪を焚いて不動明王に祈る真言密教の秘法だ。護摩の火は不動明王の智慧を、薪は煩悩を表わしている。
僧侶は煩悩を不動明王の智慧の炎で焼きつくし、信徒と共に願いが成就することを祈る。

「ノウマク サンマンダ バサラダン センダンマカロシャダヤ ソハタヤ ウンタラタ カンマン」
 (namaH samanta vajraaNaaM, caNDamahaaroSaNa sphoTaya huuM traT haaM maaM)

護摩焚きと言えば、上杉謙信を思い出す。
上杉謙信は非常に戦争が上手だったのだが、非常に繊細な精神の持ち主だったのかもしれない。
戦は強かったのに経済に疎く、しかも、情に流されるタイプだったため、家来同士の紛争の調停にもてこずり、苦悩し、自己嫌悪に陥っていたようだ。
その原因を、自分の精進が足りないのだと内省し、読経、写経、護摩焚き修行などやって自らの直感と法力を必死で磨いた。仏の道に精進して、正義を貫けば、国がまとまり、家臣もついてくると考えていたのだろう。
謙信の信仰心は厚く、戦の戦勝と引き換えに女性絶ちをやっていたようだ。ストイックな性格の武将だったのかもしれない。


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P.S. スローライフジャンルの老舗suggerさんに多き幸あれ!!!!!

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バイリンガル

2010-01-06 21:49:56 | プチ放浪 都会編

 
 
 
 

【撮影地】茨城県水戸市見川1-1251(偕楽園(かいらくえん))(2010.1月撮影)
Copyrights© 2005-2010 TETUJIN
all rights reserved.

「だからよ、一度しゃべったことを、そっくりそのまま2回も言い直すんだよ・・・」
「んー、わかる。それ」
「だからよ~。一度くっちゃべったことを、そっくりそのまま2回もいいなおすんだよお!」
「・・・・・・」

両親の故郷の人々は、言葉のイントネーションもさることながら、会話の中で一度言ったせりふを、そっくりそのまま、もう一度言い直す癖があるようだ。
子供のころはそんなに感じなかったのだが、亡くなった父も、そんな話し方だったような気がするし、なによりも年老いた母が、これをやる。
一瞬、老人ボケかなと心配もするのだが、故郷の年配の方たちが同じような話し方をするから、個人の癖とかいうものじゃなく、おそらくはあの土地に根ざした文化かもしれない。

言い方を変えるとか、念を押すとか、そういうのじゃなく、単純にフレーズを繰り返すのだ。
これは、確認という意味よりも強調しているといった意味合いが強いのだろうか。
だが、繰り返されるフレーズは、特に重要なものであるわけではない。
まあ、2度繰り返されれば、いい加減に聞いていても、耳に残るのは間違いないのだが・・・。

「んだからよ、一度くっちゃべったことを、そっくりそのまま2回もいいなおすんだわ?」

かぎりなくデジャブ。。
正確に言うと、一度しゃべったことをまったく同じ口調で言うのではなく、ちょっとだけ微妙に変化させる。
ひょっとしたら、最初に発したフレーズは疑問文を呈した言葉であり、その疑問にこちらがうまく応答できずにいるから、同じフレーズが今度は同意を求める意味で発せられるのかもしれない。

「んだからよ、一度くっちゃべったことを、そっくりそのまま2回もいいなおすんだわ!」

一度、ガッツ石松氏と国会議員の蓮舫議員がディベートするのを聞いてみたいのだが、どっちに軍配があがるのだろうか。

・・・なかなか難しい言語である。
そういえば、先日乗った田舎の列車のなかで、隣に座った若者がモバイルMP3を聞きながらラップしていた。お国言葉で。
かなりのインパクトがあった。「J-RAP」なる分野が確立されて久しいけれど、黒人のモノマネとしか受け取れなかった。でも、地方の方言でのラップは「物まねの文化」の枠を超えて、見事なまでのオリジナリティが感じられた。

最近よ、方言を恥ずかしいとか言ってる奴いっぺよ。そーゆー奴に一言言いてーんだけどよ、おめぇ何様?
ふんだげんともよ~。標準語も方言も喋れる奴にいたっては、訛ってるというのではなくバイリンガルなのだと言ってもらいたいっぺ。


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鎌倉 初詣

2010-01-05 23:03:34 | 古都 鎌倉

 
 
 
 

2010年、まずは神社で初詣。一年の誓いを神様に手を合わせて、気持ち新たに1年をはじめたい。

お正月モードの頭と身体をゆっくり慣らしながら、写欲・モードに持っていく。
小町通りから鶴岡八幡宮へ。
かつて意気込んで鎌倉撮りをした記憶、数知れず。

その意気込みは、未熟な自分の自己満足であったかもしれない。
むしろ今年は、自然体で写真を撮りたいと思った。

何度も足を運んだ境内を、ごったがえす人波に乗ってゆっくり回った。
歩を進めるごとに出会う数々のシーンを、頭の中で余分なものを切り落とすための画像処理をする。
撮りたいイメージと、予測したシーンが合致した瞬間に、カメラのシャッターを切る。
写真には、神様がくれた唯一のシャッターチャンスがある。
一瞬だけの、そして2度と訪れることのない・・・心に強く残る画像。。
この一枚のため、今年も限りなくいろいろな場所でレンズを向けるのだろう。
そうこうしている内に、頭と身体は普段の写欲・モードに近づいていった。

この一年が実り多い一年となりますように。
年賀状に、とてもうれしい言葉を頂戴した。

「・・・の写真をありがとう」

ありがとうございます。
今年も喜んでいただけるように頑張ります。
そう、こころに誓った。


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