江戸時代の人気作家・滝沢馬琴は、友人の絵師・葛飾北斎に、構想中の物語「八犬伝」を語り始める。里見家にかけられた呪いを解くため、八つの珠を持つ八人の剣士が、運命に導かれるよう集結し、壮絶な戦いに挑むという壮大にして奇怪な物語だ。
北斎も魅了した物語は人気を集め、異例の長期連載へと突入していくが、クライマックスに差しかかった時、馬琴は失明。完成が絶望的な中、義理の娘から「手伝わせてほしい」と申し出を受ける。失明してもなお書き続けた馬琴が「八犬伝」に込めた想いとは。
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ものがたりは滝沢馬琴と絵師・北斎の関係を描く現実世界の部分と、馬琴の構想する八犬伝という虚構の世界を行き来する。
これだけでも相当わくわくする。
馬琴と北斎は旧知の仲。馬琴は八犬伝の構想や、ものがたりの概略を北斎に聞かせ、反応を見ている。そして北斎に挿絵(の原画)を描いてもらう。北斎がササッと描く絵は、馬琴の想像を一層豊かにする。二人の会話(掛け合い?)がとても楽しい。
八犬伝は完成までおおよそ30年。二人はだんだん老いていく。二人の変化が時間の経過を見る者にわからせる。馬琴は晩年失明する。息子の宗伯、妻のお百に先立たれる。義理の娘お路と二人になる。彼女がいなければ八犬伝は完成しなかった。波瀾万丈である。
実の世界
滝沢馬琴(役所広司)と葛飾北斎(内野聖陽)
二人の天才。馬琴は作家として成功、生活が向上する。北斎は自由人のまま。富嶽三十六景を完成させ、現代までその作品が残る絵師だが、身なりはみすぼらしいままである。役所さん、内野さんの演じる馬琴、北斎。二人ともいい。
お路(黒木華)
地味でまじめな人物。宗伯の妻。姑のお百とは対照的な人物である。黒木さんが出演の時代劇(時代物)を見るのは「散り椿」以来。この人は時代劇が似合う人である。
お百(寺島しのぶ)
我の強い妻お百。寺島さんは「さくら」や「天間荘の三姉妹」で見たときも感じたことだが、ガマンして、ガンバって... 爆発する。不器用な生き方の人を演じられる女優さん。キャラクターの情の深さ、情念の表現... この年代では一番だろう。
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虚の世界:八犬伝
NHKの「新八犬伝」という人形劇を見た記憶がある。「仁,義,礼,智,忠,信,孝,悌」の文字が浮かび上がる8つの珠をそれぞれ持つ、伏姫ゆかりの八犬士。馬琴の作り上げた「南總里見八犬傳」がベースの作品だ。本作「八犬伝」部分は原作のいいとこ取り。八犬伝を全編読了したように思わせる工夫があり、よくできている。
八犬士の中で犬坂毛野(板垣李光人)と、犬江親兵衛(藤岡真威人)を演じた二人は名前と顔がわかるだけだが、八犬士が集合すると、これこそ日本の《戦隊もの》元祖・本家だと思えた。「南總里見八犬傳」は「ゴレンジャー」はもちろんのこと、「青砥稿花紅彩画」(通称「白浪五人男」)より前である。
伏姫(土屋太鳳)
里見家への呪いを解くため八犬士を生み出した。
浜路(河合優実)
ものがたりのキーパーソンである。
河合さん。ここ1,2年大活躍だ。
珠梓(栗山千明)
本作のビラン(villain)である。この役は栗山さん、はまっている。
芝居小屋で馬琴と北斎は芝居見物。七代目市川團十郎(中村獅童)、三代目尾上菊五郎(尾上右近)が「東海道四谷怪談」を演じる。本職の歌舞伎役者が演じる、伊右衛門とお岩役である。ロケ先の旧金毘羅大芝居は、香川県仲多度郡琴平町の金刀比羅宮・門前町にある。現存する中で日本最古の小屋。
小屋の奈落の底で馬琴と鶴屋南北(立川談春)が正邪(正義と悪)、虚実について激論を交わす。馬琴の「せめて虚の世界では正義が勝つ、勧善懲悪」という思いが伝わる場面である。
渡辺崋山(大貫勇輔)... 教科書で見る名前である。
いろいろと見所満載である。
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予想と期待を大きく超えた、この秋お薦めの1本である。(文中一部敬称略)