本日平成27年3月31日(火)をもって、現任校での勤務が終了。異動になる。 |
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1校目7年
2校目10年
3校目7年
4校目4年
5校目4年
今度で6校目。こう見ると「いびつ」だなあ。
4校目に異動した時、「今度は10年前後かな」と考えたことを覚えている。7、10、7、10で34年。年齢を考えると転勤はあと1回、ひょっとすると4校目で定年と思っていたのだ。5校目に異動の時も同じようなことを考えた。当時は55歳になる年度以降、異動があまりなかったからだ。
4校目はいわゆる伝統校で、世間の評判のいい学校。でも、毎日の通勤時間が片道80分程度。1年目でこれは無理だと感じた。体力的に無理なものはダメ。なんにも考えられないほど、くたびれてはいけないのだ。でも2年目から担任になり、卒業生をだすまではと、それこそ必死でがんばった。
3年目から、「家族のこともあり、病院・療養施設にアクセスがいいところに勤務したい。」と、異動を希望した。卒業生を出したところで、今日まで勤務した学校に異動になった。勤務時間(勤務先の場所)は、よく考えてもらえたと思う。
5校目勤務2年目、僕が病気になった。入院・手術。幸い、いいドクターに巡り会えた。術後の経過もよく、現在は普通に生活できている。でも、無理をするのは恐ろしい。絶対にイヤだ。
3年目、身内に不幸があった。5校目に異動した理由がなくなった。
役所の手続、家の後始末をしながら、大きな喪失感があらわれた。うまく説明できないが、自分の仕事をすることについても、なんとも言えないようなモヤモヤ感が僕のまわりを囲んでいた。抑うつ状態を疑った。
職員室や教室、部活動で僕と接している同僚・生徒たちは、おそらく誰も気がつかなかっただろう。見た目はおそらく元気な僕は、実はとにかく休みたかったのだ。しかし、途中で投げ出せない。どうにか今月の卒業式までたどりついた。
異動を希望しなければ、おそらく定年まで現任校でそのまま。でも、60歳の時、こうありたいと思う先生になれない。そんな気がした。今回も無理を言って、環境をかえることにした。
ただ、今のモヤモヤ感が続くようならば、定年まで勤務できない。いずれにしても、僕にnextはない。
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サヨナラ、5校目の先生たち。お世話になりました。ありふれた言葉だけど、ありがとうございました。
満開の桜が見送ってくれました。
また、次の学校でも、できることをがんばります。
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2011-03-31、「3月30日 サクラが咲きました。」
2007-03-30、「サヨナラ」