地底人の独り言

いつまでもみずみずしい感性を持ち続けて生きたいと願いつつ、日々の思いや暮らしを綴っていきます

ごあいさつ

いつも訪問してくれてありがとう。 「毎日が日曜日」の日々ですが、好奇心いっぱいに、ミーハー心を忘れず生きていく様や日々の思いを綴っていきたいと考えています。  是非とも、今後とも訪問をお願いします。また訪問していただいたら、足跡・コメントを残してくれたらなお嬉しいです(4桁の数字を半角小文字で入力忘れないでくださね)。 今後ともよろしくお願いします。

千屋牛

2012年09月26日 | 身辺雑記

 

友人との語らいの時間はたちまちに流れた、私には珍しくディナーを楽しんだ

 昨晩は久々にディナーを楽しんだ。私のような年齢になると夜の外出は億劫になる。従って、ディナーを楽しむことは滅多にない。それでも昨日は、友人がチョイスし予約してくれた「ひ風水(ひふみ)」で、近況などを語り合った。

 友人と語らっていて、現役時代の喜びやその一方での苦労などが蘇ってきた。私の場合には仕事を楽しむことができたし、幸いにして優秀な同僚などにも恵まれた。そして仕事を通じて、多くの素晴らしい方々とのご縁をいただいてきた。それは今も私の財産でもある。

 友人はまだ現役であり真摯に仕事と向き合っており、その分苦労も多い。より豊かにと努力している姿勢に共鳴し感動すらする。美味しい千屋牛などを食べながらの語らいで、たちまちに時間が流れた。素敵な夜だった。

 

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小川国夫との日々

2012年09月26日 | 読書

 

小川恵著『銀色の月 小川国夫との日々』を読んだ、芸術家の妻は大変だ

 先日熊井明子著『めぐりあい 映画に生きた熊井啓との46年』(春秋社刊)を読んだ感想を書いた際に、「芸術家の妻というのも大変だなとも心底思った」と書いた。その思いは、作家・小川国夫の妻である小川恵著『銀色の月 小川国夫との日々』を読んで、よりいっそうその思いを強くした。

 「夫との50余年の生活の中で、いつも夫の仕事の周辺をうろうろするばかりであった私だが、相手がいなくなった今、残された、この私なるものは何であったか、思い出してみようと、ペンを持ってみた。亡き夫を鏡にして、私を照らし出せばぼんやりながらも自分の姿が映るのではないかと、儚い望みを持ったのだ」とその執筆の動機を「あとがき」で書いている。

 

 しかし、この本は作家である夫・小川国夫との単なる回想録としては書かれていない。著者がめざしたものは、著者の大学の先輩である作家・須賀敦子の作品スタイルを採用している。その須賀敦子の「スタイル」とは、「単なるエッセイではなく、ドキュメンタリーでもなく、既成の小説とも違い、日生活の描写を通して、それぞれの場面が昇華され、全く別の世界を醸し出している、独特の感性の文学作品」(「あとがき」より)と紹介している。

 私はこれまでに、結構多くのパートナーが亡くなっての回想記を読んできたが、こうした書き方は珍しかった。一つの事実を取り上げて、それが「昇華」されていて、小川国夫の存命中の姿はそんなには窺い知ることはできなかった。それを著者は選択したのだろう。

 

 ところで、私は小川国夫の熱心な読者ではない。いや正直に告白すると、「熱心な」を取り除いた方がいいくらいだ。それでも、書棚には著作集もあり、単行本も10冊を超えて並んでいる。デビューした当時の藤枝在住の小川国夫の雰囲気に惹かれて購入したように思う。

 その中には、先にも紹介したが豆本や、署名・落款のある『血と幻』(小沢書店刊)もある。また、先駆文学館開館記念版の随筆集『静かな林』(限定1500部)は、識語・書名入りだ。こうした本は引き取り手を探しているのだが、その術を知らない。

 ともあれ、一人の人間には一つの人生がある。様々な方の「生きる」姿に感銘を受けながら、私も暮らしていきたいと願う。

 

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