この所のAIの進歩は、ますますそのスピードを上げてきているように思われます。
人間がやるよりAIに任せた方がずっと要領よく仕事をこなしてくれるという
分野がどんどん増えてきているようです。
AIの方が、人間より優れている点は基本的に2つあるように思われます。一つは、人間は忘れるが、AIは一度覚えたことは決して忘れないという点でしょう。もう一つは考える速度、典型的には計算する速度が圧倒的に早いという点です。
この2点は、現状でも人間はAIに全く敵いません。人間は、沢山知識を吸収しても適度に忘れて、本人が重要なものを中心に記憶しながら、重要でないものは整理するようです。しかし時には重要なものも忘れたり、忘れたものが重要になったりします。
例えば、2の10乗根は≒1.072と覚えていても、計算できる人はほとんどいないでしょう。計算方法を覚えていても、大変な時間がかかりそうです。しかし何千円かの関数電卓が1秒もかからず計算してくれます。
でも、それで人間が困ったという事はありません。人間はそれを使って仕事を早くやって助かっているのです。
同じようなことは人間の「体力」については産業革命のころから起きています。蒸気機関は人間より桁違いの力があります。それ以前、人間は自分より力のある「馬」を使っていました。蒸気機関は馬より力があるので馬何匹分の力という意味のHP、馬力を単位にして、馬は競馬と乗馬クラブでしか使わなくなりました。
それからガソリンエンジンが出来、電気モーターが出来て、自動車、飛行機、新幹線、人間の力ではとても出来ない事が出来るようになりした。人間は、力仕事は機械に任せ、自分の力はスポーツを楽しむのに使っています。
勿論、馬が要らなくなったように、人間がいらなくなるという心配もありました。しかし結果は、新しい仕事が沢山出来て、却って人手不足です。
体力が機会に負けても、人間はそれを使って、とてつもない発展をしてきたのです。
体力の次は頭脳です。これはホモ・サピエンスが格段に優れていて、地球の支配者になっています。その頭脳に機械が挑戦を始めたのです。まず計算機からコンピュータに発展してきました。
人間は、「体力」の時と同じように、それを使って自分の頭脳だけでは出来ない計算から多様な文化活動まで頭脳的な活動の領域も、どんどん広げて来ています。
ゲーム、アニメといった分野は日本の得意技になっています。俳句や短歌も作りますし,囲碁も将棋もやります。小説を書いたり、絵も描けます。ただし、上手か下手かは人間が決めるのです。
仕事の分野では、速記録や講演内容の要旨、討論や交渉の記録も人間より早く出来ます。当然事務方の人間は大幅に減るでしょう。しかし結果の適否を判断するは人間で、AIは部下の役割です。
ところで、AIという機械は何処まで進歩するのでしょうか。それは人間が決めることなのです。自分(自分たち)の役に立たない機械は、人間は作らないだろうと思うからです。
お蔭さまで、人間は楽しむ分野が大きく増えて、(戦争などしなければ)もっともっと、いろいろなことに楽しめるようになると思います。