降って来るもの

写真と散文とぽえむ

心訓抄・ⅩLⅤ

2017-09-21 21:57:35 | 心訓抄

                   XLⅤ「兄妹」

 

詩や随筆のように

文字の形容や修辞はないけれど

 tokiとして

一枚の写真が一篇の詩より

より多くを語ることだってある

 

風物の一瞬を切り取るpictureと

心象の幽かな揺らめきを捉えるpoemと

 兄妹のように瓜二つ

 

僕の組み合わせは

 混沌の滴を集める兄と

 抒情を拾う妹なのだが・・

*09/21 21:57

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

心訓抄・XLⅣ

2017-09-21 16:22:21 | 心訓抄

              ⅩLⅣ「自負」

 

僕は洗い師だから

つねに繊細さが求められた

意識の全てを一点に集中する

 技術や方法や持続力が

professionalとamateurを隔てる

 

僕は望んで、それを生業にし

 何の違和感なく、退屈もせず

実に三十五年という恐ろしく長い年月の

生計の柱にしてきたのだ

 

それ故、胸張って

 平均的な人間よりは少しだけ

細やかさや気配りや一途さなどの

そういうヒトとして、必要不可欠な要素に

長けていると

 自負している

*09/21 16:22:22

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

曖昧模糊に

2017-09-21 12:53:52 | 

                     曖昧模糊に

 

長々と書き綴ってゆく根気が

気薄になってきたのかも知れぬ

長さに対する耐性が

短くなってきたのかも知れぬ

 もしかしたら、そんな事情より

長く書き継いでゆくだけの

エッセンスが不足する日常を生きるようになったのか

 そうでなくして

書く事に貪婪な僕が

如何して書く事に困窮などするのかの

 説明が上手くできないのだ

 

きっと一つ一つは

使い込まれて艶光する部品で

僕は唯、それを駆使するだけで事足りていたのに

全体を機能させる情感が

心身を司る情(kokoro)が

 きっと曖昧模糊になりつつあるのだ・・

*09/21 12:53:53

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

心訓抄・ⅩLⅢ

2017-09-21 12:36:35 | 心訓抄

                  XLⅢ「戦闘」

 

何にしても

其処にどんな理由が介在したとしても

止まらない此の現世を

首尾よく生き延びるには

 ただ、戦いがあるのみなのだと

何時でも心身は挙って

そういう戦闘状態に直面していると

屹然と

 覚悟を決めねばならぬ

 

そうでなければ

たった千八百秒の労働さえ

 手の負えない使役になる

*09/21 12:36:36

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

心訓抄・XLⅡ

2017-09-21 03:57:23 | 心訓抄

                   XLⅡ「遭遇」

 

想像力と柔軟性を致命的に欠如した

monoやヒトやkisetuに

出合ってしまったりすると

それは

永遠に疲労度を上下する感覚の

虚しさで

開いた口が塞がらなくて

とうとう裂けてしまうまで

つまりは

培ってきた総ての忍耐力が

見事に擦り切れてしまうまで続いて

ボクは流石にヘトヘトになり

暫くは

立ち直れない気さえ起るのだ

そうして無意味な対立は

そんな風に悲観的な遭遇は

日常的にやって来る

 幸不幸が表裏一体のように

 運不運が螺旋で続くように

 

生きるとは、だから

日々の退廃と歓喜の鬩ぎあいに身を焦がして

気付かないうちに

疲弊してゆくことかも知れぬのだ

*09/2103:57

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする