いろいろと覚えているのに
なぜ
財布を隠した場所だけ、忘れるのか。
それが私の初めからの疑問。
なぜ、それだけ、といつも思う。
そこに財布を置いたが
置いたつもりが、気が付いたときには無くなっていたので
きっと
あのオトコたちがまた持っていったに違いない。
これが彼女義母の言い分である。
何回もこの繰り返し。
そして今回もそう。
今日は私が休みだったので
朝からその財布探しをした。
彼女は端から盗まれたと思っているので動かない。
2,3日前に無くなったそうだ。
その一週間前にも無くしている。
サンルームの外側の網戸に
ダンボールにまた文句を書いて貼ってあった。
「ドロボー!財布を返せ!」とか何とか。
そのときは私も探したが見つけ出せなかった。
そして
翌日の朝、それを持って
「ベッドの足元に返してあった。」と自ら見つけ出した。
一件落着であったが
すぐにこうしてまたどこかに隠して
それを忘れる。
今日は私がすんなり
探し当てられた。
ベッドの足元の服入れの中を開けたら
あった。
「トモロッシちゃん、すぐに見つけたね。」と
さも
私が隠し場所を知っていたかのような言い方。
まあ、腹は立てない。
今日は彼女のための用事をするために
休み返上の
お出かけである。
顔のシミが気になるので
それをカバーするファンデーションを買ってきてほしい、
ホラ、女の人のコマーシャルでやっているやつ。
そう言われたって
全然わからない。
わからなかったら、これまでのファンデーションを、とのこと。
そして帰宅して
「上戸彩のポスター貼ってあったけれど、それ?
上戸彩ってわかる?」
「そう、それ。妊娠した人でしょ。」
上戸彩の妊娠までわかっていて
なんで
自分の財布の隠し場所は頑固にわからないのか。
不思議でならない。
シミを気にするようだから
お義母さんもまだまだ若いね、と言ったら
喜んでいた。
そして
病院の話をした。
お義母さんは頭はおかしくないけれど(これが肝心)
段々、忘れることが多くなったし
商品券の使い方もわからなくなってきたし(これも話題に出た。商品券を手にして昔はこういうのを貰ったらすぐに服を買いに行ったのよ。でも今はどうやって使うのかわからないと言う)
掛かりつけの先生より、専門の先生に診てもらって
より快適に暮らそう、と言った。
割と前向きに考えてくれそうな感触を受けた。
夫には
義母は自分がどれほど大事にされていないかを愚痴るそうだ。
「私が買い物カートを引いて歩いているのを世間の人は何て思うか。
年寄りが可哀相だ、嫁は買い物にも行かないのかと思っているはずだ。」などなど。
私も夫も
身体が動く限り
頭も働く限り
動いてほしい、というのが基本の考え。
「お義母さん、私の実家の母は、キャベツがどれか、煎茶がどれか、区別がつかないんだよ。だからあんなに饒舌でも、自分で買い物に行けないんだよ。
お義母さんは頭が働くし、こうして美容にも気を使っているし、歩けることは幸せだと
思わなければ。」
そりゃあ、嫁が買ってくれば、楽に決まっている。
しかし
それは嫁がいる、という前提。
よく行くスーパーで
たまに見かける元の職場の女性。
数学を教えていた人だ。
この方は、義母と同じ年齢だ。
ずっと独身だ。
久々に姿を見て
ギョッとした。
腰が曲がって、着ているオーバーをバサーバサーと翻して歩いていた。
声をかけようかと思ったがやめた。
でも元気そうだ。
独りで暮らしているのだろう。
あの、いつもステキなパンタロン(古いコトバ)を穿いて
髪もオールバックにして
知的な眼鏡をかけていた彼女。
自分も年をとったが
彼女も老婆の様相である。
その彼女と同じ年齢の義母は
甘え、と見てしまう自分である。
こうして書いているときにも
義母は二階に上がってきた。
私が買って来た「かつおさし」を半分食べて、と言ってきた。
そしてエプロンのポケットには
さっき買って来たファンデーションが入っていた。
「またね、さっき、やられたの。
鏡台の下に置いたのに、あれ、もしかして、と思って見たらないの。
で、探したら、お菓子の缶に入っていたのよ。」
「よかったね、すぐ見つかって。まだファンデーション、他にもあるんじゃない?
何回か、私、買いに行かせられたでしょ。でも今度、商品券で上戸彩のを買いに行こうね。」と言った。
大事なものは隠す、それか。