11日(木)。わが家に来てから今日で2080日目を迎え、ニューヨーク州北部バファローで 人種差別への抗議デモの最中に75歳の男性が警官に突き飛ばされ 重傷を負った事件をめぐり、トランプ大統領はツイッターで「押されたよりも激しく転んだ。仕組まれていた可能性があるのではないか?」と主張し、この男性を過激な反ファシスト集団「アンティファ」の煽動家だとの陰謀論を展開した というニュースを見て感想を述べるモコタロです
トランプは 大統領選で負ける原因を 自ら作っているとしか思えない もうヤケか!
昨日の夕食は、娘のリクエストで 初めてこれを作りました
もちろんチーズの包装紙を取り除いて、6Pチーズを1合の米と一緒に炊き込む「6Pチーズ炊き込みご飯」です
1時間後に炊きあがったのがこちら
これをすばやくかき混ぜます
「エノキダケとキャベツのスープ」と一緒に頂きました 初めて食べる未知の料理でしたが、ちょっと塩気が足りないと思いましたが、予想外に簡単で美味しかったです
昨日、池袋の新文芸坐でフランソワ・トリュフォー監督「柔らかい肌」と「私のように美しい娘」の2本立てを観ました
「柔らかい肌」はフランソワ・トリュフォー監督による1964年フランス映画(モノクロ・114分)です
バルザックの評論も書いている著名な評論家ピエール・ラシュネー(ジャン・ドサイ)は、リスボンへの公演旅行の途中で、美しいスチュワーデスのニコル・ショメット(フランソワーズ・ドルレアック)と出会う お互いに惹かれあい、二人はリスボンで関係を持つ。その日から、ピエールのスリリングな二重生活が始まる ピエールには長年連れ添った妻フランカ(ネリー・べネデッティ)がいたが、二人の恋は徐々に深みにはまっていく そして、ついに二人の関係がフランカにバレ、フランカは証拠写真と猟銃を持ってピエールの行きつけのレストランに向かうのだった
前回この映画を観た時にブログにも書いたのですが、この映画にはクラシック音楽が登場します ピエールが娘へのお土産にレコードを買ってきます。「これはね、ハイドンさんという人が作った曲なんだよ」と言って、プレーヤーに載せると楽しく賑やかな音楽が流れてきます カッコウの鳴き声のような音も聴こえてきます。そう、この曲は「おもちゃの交響曲」です 弦楽器のほかに玩具楽器(ガラガラ、カッコウ笛、ラッパ、太鼓、小型シンバル、うずら笛)が使用されています しかし、この曲はハイドンが作曲したというのは必ずしも正しくはありません
自筆譜が存在しないこの作品は、18世紀以降 ヨーゼフ・ハイドンの曲とされてきました その後、モーツアルト親子と親交のあった弟ミヒャエル・ハイドン説が唱えられ、1951年には、モーツアルトの父レオポルト・モーツアルトの作と伝えられるカッサシオン(全7曲)がバイエルン州立図書館で発見され、その一部が「おもちゃの交響曲」と同一であると判明したと発表されます ところが、1992年、チロル地方のシュタムス修道院の音楽蔵書の中から、1785年頃に当院の神父シュテファン・パルセッリが写譜した「おもちゃの交響曲」の楽譜が発見され、そこに、チロル出身の作曲家エトムント・アンゲラーが1770年頃に作曲したと記されていたーとのことです 現在では、このアンゲラー説が最有力になっているようです
十数年前に中古レコード屋で買った「おもちゃの交響曲」のLPレコードのジャケットにも「ハイドン」の名前が記されていました レコード収納ラックのどこかにあるのですが、見つかりません
映画の話に戻ります トリュフォーの映画を観て思うのは、前日観た「隣の女」にしても、この「柔らかい肌」にしても、女は怖い そして 男はバカだ
「私のように美しい娘」はフランソワ・トリュフォー監督による1971年フランス映画(98分)です
社会学者スタ二スラス・プレヴィン(アンドレ・デュソリエ)が出版するはずの書物「犯罪女性」は予告が出ていたにもかかわらず、店頭に並んでいない なぜなら彼は ある事件に巻き込まれていたからだった 1年前、プレヴィンは女性犯罪者の動機と心理についての論文を書くため、女囚刑務所を訪れた。愛人を塔から突き落とした罪で服役中のカミーユ・ブリス(ベルナデット・ラフォン)に会い、定期的にインタビューをしてテープに収めた 彼女の数奇な半生を聞いているうちに、自らも彼女の魅力にはまってしまう 彼女の無実の罪を晴らすため、現地に飛んで、殺人現場を撮影していた少年を見つけ、カミーユの無罪を証明する材料を手にして裁判を迎える 晴れて出所し、歌手としてデビューした彼女とプレヴィンが親密に語り合っているところに、昔の愛人アルチュールが現われ、プレヴィンを殴り倒す プレヴィンは気を失ってしまう カミーユはアルチュールを拳銃で撃ち殺し、その拳銃を気絶しているプレヴィンの手に握らせる プレヴィンは殺人罪で裁判にかけられることになり、はじめて、カミーユの罠にかかったことを自覚する
この作品は、トリュフォーには珍しいコメディです 超真面目なプレヴィンと、自由奔放で男たちを振り回すカミーユとの関係は、まるでビゼーの歌劇「カルメン」におけるドン・ホセとカルメンとの関係のようです しかし、ハチャメチャさにおいてはベルナデット・ラフォンが演じるカミーユの方が一枚上手です トリュフォーはシリアスな映画もいいけれど、こういう喜劇もとてもいいと思います