8/14(金) 11:44配信
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東京都医師会の会長を務める尾崎治夫氏は、医師会には「「コロナは風邪と同じだ」などと思っている医師は一人もいないと思います」と語る。
5月25日、緊急事態宣言が解除されてから東京都の新規感染者は増え続け、7月10日に400人を超えた。その後も感染者数は大きく減少することはなく、深刻な感染拡大が続いている。
まさに国の有事ともいえる状況下で安倍晋三首相は6月18日の記者会見以来、1ヶ月以上の間、沈黙を続け、緊急事態宣言解除後の政府の新型コロナ対策には、ある種「緩み」を感じる。
そんな国民の不安を拭うべく政府へ建議を行った人物がいる。東京都医師会長・尾崎治夫氏である。7月30日の記者会見で尾崎氏が強い口調で訴えた。
「今すぐに国会を召集し、法改正をお願いしたい。いまが感染拡大を抑える最後のチャンスだ」
各メディアが『尾崎氏が吠えた!』と報じた危機感が伝わる会見であった。尾崎氏の言葉を受け国が動くことを願うばかりであるが、ようやく開かれた8月6日の安倍首相の会見を見ても国の頼りなさが露呈するばかりである。
人の往来が増えるお盆休みを迎え、今後、感染拡大の状況はどう変化し、我々はどうすべきなのかを尾崎氏に聞いた(聞き手:吉澤恵理・医療ジャーナリスト)。
「一刻も早い法改正を」決死の訴えにも政府の反応は無し
gotoキャンペーンが行われ、東京を除外したとはいえ、過去最高の感染者数が報告された地域もある。
お盆休みで人の往来が増えればウイルスを持った人に接触する機会が増えていると仮定でき、お盆休みが明けた8月の最終週から9月の中旬までさらに感染者数が増えるのでは? その疑問を尾崎会長にぶつけてみた。
「gotoキャンペーンによって増加するということだけではなく、歌舞伎町でのクラスターが新宿で拡大していった構図が愛知や福岡、沖縄などでも起きている。そちらは今後もっと感染が増える可能性があり、東京問題から全国問題に変わっている気がします」
しかしながら、爆発的な感染拡大はないと予想しているという。
「東京の実効再生産数は、1.0~1.2、おおよそ1人が1人へうつしているということで今の平均からすると今後も1日300人を超える感染者数が報告されることはあると思いますが、1週間たったらボンと倍に増えるということにはならないのではと思います」
その理由は、第一波の時とは異なる国民の意識にあるという。
「どういった活動、行動が感染リスクなるかは第一波を活動自粛で乗り越えた経験から皆さん、学んでいます。共同生活、カラオケ、会食などでは飛沫による感染が増える。
とにかくマスクを外して食事や会話をするようなところでうつることがはっきりしています。そういったことを多くの人がしない様に気をつけているからです」
そう言った国民の意識は『マスク』に表れている。
「誰もいない道を散歩する時でもマスクをして歩いている人がいますが、周りに人もいないし話すこともなければ感染するはずがありません」
飛沫が起きない環境下でのマスク着用には我々国民の感染予防意識が非常に高いことを象徴しているが、これからさらに続くコロナとの共存には一歩踏み込んだ対策をすべきという。
「マスクをすることで安心感にはつながりますが、今の季節は熱中症になるリスクがあります。野外で密がなく飛沫の恐れがないところではマスクを外す、密が起きうる室内ではマスクをする。とにかく危険なところでマスクを外さない、人話さないと言った踏み込んだ対策をすべきではと考えます」
尾崎氏の指摘通り、コロナ対策と同時に熱中症対策も忘れてはならない。8月に入り40度以上を記録する地域もあり必要に応じての対策が重要だ。
必要に応じての対策で最も重要なのが「夜の街のクラスター対策」であるが、先日の尾崎氏の会見ではその対策案は次の通りだ。
「今のやり方では限界があるだろう。愛知県、大阪、福岡などで夜の街を中心にエピセンター化が進んでいるのではないかと感じています。休業をお願いするだけでは日本がどんどん感染の火だるまに陥っていく。特別措置法を改正して法的な拘束力がある休業要請、そして休業補償をちゃんとつける。
全国でエピセンター化していると思われるところ全てにおいて同時に進めることが大事だと思います。そのためには国が動いて、この法改正をしていただいて一斉に進める。これが今、全国に広がっている火種を消していく唯一の方法だと思っています」
その後、国からレスポンスはあったのだろうか。
「残念ながらレスポンスはありません。終息したら考えましょうというのが国のスタンス。もちろん与党の一部の行革推進本部、新型コロナウイルス感染症対策分科会、感染症対策ガバナンス小委員会の中には法改正をして対策すべきだと言ってくださる方もいますが、官邸サイドにはそう言った話は届いていない感じですね」
政治家の医学的知識の欠如
尾崎氏や医師会と安倍首相や政府には感染症に対する温度差を感じるが地方行政でも同様な問題があるのではないだろうか。感染拡大の陣頭指揮を取る首長のウイルスへの理解に疑問符が付けられている。対策の緩さは「ウイルスの医学的理解の欠如」といった点が問題の一つではと感じる。
「国として感染症対策をどう取り組むのかという組織がない。既存の組織の中に分科会を作っただけでその位置付けや分科会の意見をどの程度反映するのかが都道府県でもバラバラ。
感染症のプロの意見を尊重する仕組みができていない。都合の良いときは使うし、都合が悪い時は遠ざける。専門家の意見が恣意的に使われてしまい、専門家が正しい予防法を提言したときにどう取り入れ経済を回していくかということができていない」
国民から見ても専門家の意見をもっと取り入れるべきだと思う場面もあることは間違いない。毎日の感染者数も専門家のサポートがあればもっと有益な発信となりそうだ。
「感染者数が今日は何人だけではなく、
・今日の数字は何日前の感染が反映されている
・感染者は中等症が増えているので今後1~2週間ほどで重症化する人が出てくる可能性がある
・中等症が増えているということは重症化のリスクが高い50代以降の人に感染が増えていることを意味するので若い世代の皆さんには感染拡大をしないよう注意して欲しい
などと感染者数が示す背景を分かり易く説明するべき」
確かに尾崎氏が言うようなプラスアルファの情報があれば、より感染拡大を防ぐ行動が取れるのかもしれない。そういったことができていない現状は専門家と国が理想的な関係が築けていないということなのだろうか。
医師会と政府の対立しているのか?
安倍政権と医師会は非常に近しく信頼関係も深いイメージだったが、現在のコロナ感染拡大防止については対立的な関係にあると映るが実際はどうなのだろうか。
「安倍政権と医師会が親密というのは前医師会長になってからのこと。歴史を見れば23年間医師会長を務めた11代会長の武見太郎さんの時、厚労大臣を呼びつけて診療報酬について論議するといった時代もあります。
医師会は国民の健康を守るための医療をどう展開するかに対して与党と必要な連携をするのであって必ずしもベッタリと与党を応援する組織ではありません」
なるほど。現在の感染対策においては与党と方向性の違いがあるため対立関係にあるように見えるということなのだろう。
「我々医師会は国民の健康を守ることが使命であり頑張っています。経済を動かすために頑張りますとは言えません。あくまで医療者として感染症を防ぎたい」
ワクチンへの過度な期待…早急な開発、実用化は難しい
加藤勝信・厚生労働相は7日、英製薬大手アストラゼネカ社から日本国内向けに1億2千万回分の供給を受けることで基本合意したと発表し、新型コロナの特効薬もない現在、ワクチンへの期待は高まる。
「ワクチンに対しては『できればいいですよね』という期待はあります。とはいえ、ノーベル賞を受賞した本庶佑先生などもおっしゃていますが、ワクチンの開発、実用化はすぐにというのは難しい」
一般的にワクチンの開発には10~15年かかる。これに対し、新型コロナウイルスのワクチンの開発は急ピッチで進められており、英製薬大手アストラゼネカ社が開発するワクチンも現在すでに第三層試験(人への臨床試験)まで来ている。ワクチンへの期待の一方でコロナウイルスの特性ゆえの不安要素もある。
「友人の1人である獣医師会の重鎮の話によると猫ではコロナ感染症はすでに10~20年に渡り出ている。猫がコロナウイルスに感染すると重症化すれば腹膜炎などを起こし死に到る。
獣医師たちがこぞってワクチンを作るため奔走してきたがウイルスの変異がありすぎて効果的なワクチンが未だ作れない。新型コロナウイルスにも同様の変異が多く報告されていることがワクチンへの大きな不安要素ではあります」
変異が多いということはようやくワクチンが開発されたとしても『効果がない』という事態に落ちいいる可能性もある。
「例えば、天然痘ウイルスは2本鎖DNAウイルスで非常に安定しており変異が少ない。だからこそワクチンが非常に有効で撲滅することができました。
これに対し毎年、多くの方が摂取するインフルエンザワクチンは変異が多く、インフルエンザワクチンがあってもインフルエンザは撲滅できない。コロナウイルスはインフルエンザワクチン以上に変異があり、ワクチンによる予防は簡単ではないかもしれない」
――ワクチンが救世主とならないなら我々は絶望するしかないのでしょうか...?
「そんなことはありません。免疫学者で大阪大名誉教授の宮坂昌之先生が『人工抗体』が治療薬として期待できるとおっしゃってます。回復した患者から「中和抗体」というウイルスを殺せる抗体だけを取り出し、クローン技術を応用し増やして薬にする。これは技術的にも可能だと思いますし治療効果もできるのではと考えています」
ワクチンの確保も重要だが、日本初の治療薬の研究開発に国は積極的に支援して欲しい。
弱毒化の言説は推測の域を出ていない
『コロナの弱毒化』『コロナはインフルよりも死亡者が少ない』などの見解を示す専門家や医師がいる。感染拡大する中、楽観視したい気持ちは理解できるが、そう言った発信は多くの人の感染予防意識を低下させるのではと不安に感じる。
「そういう人たちは経済を動かしたい派だと思います。弱毒化については、世界でそう言ったデータが出ているものもありますが証明されていない。あくまで推測の域を出ない。
日本で言えば、死亡者数が減っているのは軽症、中等症、重症と段階に応じての治療が確立してきているからであって弱毒化の表れではありません。
しかし、そういた情報を都合よく捉えたい人たちがいる。一つ、誤解がないようにお伝えしたいのは『全ての医師が医師会に入っているわけではない』ということです」
医師会は、医師として自身をブラッシュアップするために自主的に入る組織である。東京都の医師は約4万人、そのうち医師会に所属する医師は約2万である。実は医師としての在り方には大きな格差があるのだ。
「医師会に入らず自分勝手にやっている医師はコロナに対しての見解が違うと思います。医師会に入っている医師はJMAT(日本医師会により組織される災害医療チーム)の訓練を受けている人も多い。
感染症療養の講習会もあり、PPE(個人防護具)の脱着訓練もしっかり行っています。そういった訓練をした医師にホテル療養などを担当してもらっています」
また医師会による新型コロナウイルスの段階別症状の共有もしているという。
「医師会で新型コロナの軽~重症までの情報をしっかり共有していますから、医師会には「コロナは風邪と同じだ」などと思っている医師は一人もいないと思います」
新型コロナウイルスに関する感染予防、治療など様々な情報溢れている現在、重要なのは正しい情報と対策である。個々のネットリテラシー、ヘルスリテラシーを上げることも必要だろう。
収束しても特措法が必要な理由
小池百合子東京都知事が繰り返す『特別な夏』であるが、このまま特別な秋、冬を迎えるのか不安である。感染は収束するのだろうか。
「日本は自粛行動が取れますから、全体の動きが止まることがないにしても『会食を止める』『遠方への移動をやめる』など。今回のお盆のように自粛が浸透するのが日本です。このまま行けば収束してくると思います」
収束へ向かうからこそ備えが必要だという。
「収束すれば、経済が勢いよく動き出し、ピンポイントで感染が起きてくる。その時にピンポイントで阻止する対策ができないと再び感染が広がってしまう構図となる。その時のために今、特措法を変えて準備をしておくことが必要なんです」
尾崎氏の話を聞き終え、先日の会見での発言がさらに強く熱く伝わってきた。
「特別措置法を改正して法的な拘束力がある休業要請、そして休業補償をちゃんとつける」こういった法的整備を今すぐにでも行うことが再びウイルスを押さえ込むために必要である。
官邸に尾崎氏の声が届いていることを願いたい。
尾崎治夫&吉澤恵理