2020.06.29
「ソーシャルビジネス」と呼ばれる事業があることをご存知でしょうか。
ソーシャルビジネスとは社会問題解決を目的とした事業で、その領域は貧困や差別、環境問題など、多岐にわたります。
最大の特徴は、寄付金などの外部資金に頼らず自社で事業収益を上げることで継続的な社会支援を可能にしている点です。
今回はソーシャルビジネスがなぜ社会問題解決の糸口となるのか、この取り組みが始まった歴史から社会問題解決にビジネスの力で切り込んでいる会社まで、とことん解説します。
目次
1. ソーシャルビジネスの概念
2.ソーシャルビジネスの歴史
3.ソーシャルビジネスの特徴
3-1.一般のビジネスとのちがい
3-2.ボランティアとのちがい
3-3.NPOとのちがい
4.世界と日本のソーシャルビジネス
4-1.世界のソーシャルビジネス
■グラミン銀行(バングラデシュ)
■パタゴニア(アメリカ合衆国)
■THE BODY SHOP(イギリス)
■サファリコム M-pesa(ケニア)
4-2.日本のソーシャルビジネス
■株式会社マザーハウス
■株式会社LITALICO
■株式会社ユーグレナ
■株式会社坂ノ途中
■株式会社ボーダレス・ジャパン
5.ソーシャルビジネスがえがく日本と世界の未来
※本記事は2016年12月22日に『ボーダレス・ジャパン』のブログにて公開された記事を、再度内部のデータなどを調査、再編集し、2020年5月8日に更新したものです。
1. ソーシャルビジネスの概念
実はソーシャルビジネスは、全世界共通の定義が統一※されていません。なぜなら、各国における公共や市民社会のあり方、歴史背景が異なるからです。
※論者の中には社会問題解決を目的とはしていないものの社会貢献をしている会社全般を指す「社会的企業」をソーシャルビジネスと同義の言葉として使う人もいるので、あくまで本記事ではソーシャルビジネスを社会問題解決を目的とした事業のこととし、社会的企業とは異なる存在として記載します。
例えばソーシャルビジネスまわりの法整備が進んでいるヨーロッパ諸国の場合。「商売をする“もう1つのやり方”」としてソーシャルビジネスを捉えているので、その言葉が指すのはNPOや共同組合、非営利団体であることがほとんどです。
一方アメリカでは、社会問題解決を自社の資金をもって行う非営利組織をソーシャルビジネスとして位置付けてはいます。しかし法整備も進んでいないため、営利団体も含んだ幅広い事業をソーシャルビジネスだと言っているようです。
またソーシャルビジネスという言葉を広めるきっかけとなったムハンマド・ユヌス氏は、ソーシャルビジネスを社会問題の解決を目的とし、持続可能な手段としてビジネスを行い、得た利益を社員の福利厚生や自社への再投資にまわす「損失なし配当なしの会社」としています。
このように、国によって、また人によってソーシャルビジネスの捉え方は異なるのです。
日本においては、2007年に設置された経済産業省のソーシャルビジネス研究会が発表した以下のソーシャルビジネスの概念が定義に該当するでしょう。
「社会性」:現在、解決が求められる社会的課題に取り組むことを事業活動のミッションとすること。
※解決すべき社会的課題の内容により、活動範囲に地域性が生じる場合もあるが、 地域性の有無はソーシャルビジネスの基準には含めない。
「事業性」:ミッションをビジネスの形に表し、継続的に事業活動を進めていくこと。
「革新性」:新しい社会的商品・サービスや、それを提供するための仕組みを開発したり、活用したりすること。また、その活動が社会に広がることを通して、新しい社会的価値を創出すること。
※ソーシャルビジネス推進研究会報告書(3)本研究会におけるソーシャルビジネスの概念の整理より引用(2011.3) ソーシャルビジネス推進研究会/経済産業省
つまり、社会問題を解決するために寄付金などの外部資金だけに頼らず継続的に収益を上げ、さらに新たな社会的価値を生み出す事業のことを、「ソーシャルビジネス」と呼ぶのです。
そしてこのソーシャルビジネスに挑戦する起業家は「社会起業家」と呼ばれ、彼らは「社会的企業」・「ソーシャルベンチャー」・「ソーシャルエンタープライズ」と呼ばれる事業体(組織)を運営します。2. ソーシャルビジネスの特徴
ソーシャルビジネスの特徴を、ボランティア、一般企業、NPOと比較しながらみていきます。
2.ソーシャルビジネスの歴史
では次に、ソーシャルビジネスがどのようにして始まり、その動きを拡大してきたのかについてみていきましょう。
イギリス ソーシャルビジネス
※画像はイメージです Photo by Chris Lawton on unsplash
ソーシャルビジネスは、1980年代頃のイギリスで始まったといわれています。
当時のイギリスは「小さな政府」へ移行する政策を取り入れ、公共サービスを大幅に縮小していました。そのような状況に対して市民は、公共サービスを補完するかたちで事業を次々に立ち上げます。このときに起こった事業が、今でいう「ソーシャルビジネス」です。
この流れを受け、イギリス政府はソーシャルビジネスに取り組む組織や企業を優遇する政策を整備していきます。さらに行政によるソーシャルビジネス支援政策は、アメリカやイタリアなどの欧米諸国でも取り入れられるようになり、世界へと広がりました。
では、日本におけるソーシャルビジネスはどのように始まったのでしょうか。日本では、1998年の特定非営利活動促進法(NPO法)の施行をきっかけに、ソーシャルビジネスの動きが始まりました。この法律によって、ボランティア団体などが都道府県庁の認証を受ければ法人格を得られるように。背景には1995年の阪神淡路大震災におけるボランティア活動を促進させるねらいがありました。
阪神淡路大震災
※出典:「阪神・淡路大震災の記録」震災記録写真集 神戸市
2007年には、経済産業省に「ソ—シャルビジネス研究会」が設置され、さらに日本のソーシャルビジネスをあと押しするため、行政が動き出します。その翌年には、会社法が改正され、合同会社という新たな事業体も認められるようになりました。
このように世界や日本で広がり始めた、ソーシャルビジネス。しかし「ソーシャルビジネス」という言葉が一般的に定着するまでには至りませんでした。
言葉としての「ソーシャルビジネス」と、その概念が世界で広く認知されるようになったのは、2006年。バングラデシュのグラミン銀行とその創設者のムハマド・ユヌス総裁にノーベル平和賞がおくられたことにより、ソーシャルビジネスがより多くの人に知られるようになりました。
とはいえ、日本におけるソーシャルビジネスの認知度はまだまだ高いとはいえません。
ソーシャルビジネス 認知※出典:「ソーシャルビジネス・コミュニティビジネスに関するアンケート」の結果について(2014.9) 日本政策金融公庫総合研究所
日本政策金融公庫総合研究所がおこなった「ソーシャルビジネス・コミュニティビジネスに関するアンケート」によると、ソーシャルビジネス・コミュニティビジネスのいずれか一方でも知っている人の割合は28.3%という結果が出ています。
この結果から分かるのは、ソーシャルビジネスが日本ではまだまだ認知されていない現状。経済産業省の「ソ—シャルビジネス研究会」においても、ソーシャルビジネスの認知度の低さは指摘されており、今後、その向上に向けたアプローチが期待されています。
3.ソーシャルビジネスの特徴
社会問題を解決するための事業を展開するソーシャルビジネスは、NPOやボランティアと区別ができないとよくいわれます。また、社会的貢献を表に出さずにサービスや商品を提供している事業も多いため、一般のビジネスと何ら変わりなく見える側面もあるのです。
しかし、あえて「ソーシャルビジネス」というカテゴリがあるのにはきちんと理由があります。
そこでこの表をもとに、一般のビジネス・NPO・ボランティアとソーシャルビジネスがどうちがうのか、解説します。
3-1.一般のビジネスとのちがい
ソーシャルビジネスと一般のビジネスの最大のちがいは、事業で達成すべき「目的」。一般的なビジネスでは利益を最大化することを目的としますが、ソーシャルビジネスは「社会問題を解決すること」を最優先に考えます。
※画像はイメージです Photo by 鈴虫日記 on 画像AC
ここで出てくるのが、「ソーシャルビジネスでなくとも、人や社会の役に立っている企業はあるのでは?」という意見や疑問。確かに、事業を通して社会貢献をしている企業はたくさんあります。
しかしソーシャルビジネスは、「事業の結果、社会問題解決につながった」ではなく「社会問題を解決するための事業を展開する」ビジネス。つまり事業を始めるうえでの「目的」が社会問題の解決に設定されているかいないかで、ソーシャルビジネスと一般企業は区別されるのです。
とはいえ、ソーシャルビジネスにも一般企業と変わらない一面はたくさんあります。例えば働く人のスキル。マーケティングや組織運営のためのマネジメントスキルなどは、ソーシャルビジネスにも必要不可欠なものです。
これまで目を向けられなかった問題を解決するための事業を展開するソーシャルビジネスは、一般のビジネスに比べ緊急性と難易度は必然的に高くなります。だからこそ一般企業と同じように、さまざまな仕事のスキルを持った人が集まり、目の前の問題にメンバーが一丸となり取り組んでいくことが理想的なのです。
3-2.ボランティアとのちがい
ソーシャルビジネスとボランティアは、「社会問題解決」を目的にしている点で共通していますが、「自らが収益を上げるための活動」をしているかどうかという点で異なります。
ボーダレスジャパン ボランティア
▲九州北部豪雨(2017年)ボーダレスグループでおこなったボランティア活動の様子
ボランティアが社会貢献活動の資金を捻出するためには、寄付金などの外部資金に頼らなければなりません。そのため、活動内容の変更を自分たちの団体の判断だけでは決められないことがあります。
これが自ら収益を上げるソーシャルビジネスの場合、資金が続く限り社会問題解決のために活動を続けられるのです。また自分たちで資金を生み出すため、調達までの時間を無駄にすることなくスピード感を持って問題解決に取り組むことが可能に。
またボランティアは、事業だけでなく自分の生活までもが立ちゆかなくなる可能性もあります。支援をする側にも生活があるのは当然のこと。そのためお給料のない慈善活動だけで生きていくことは難しく、活動から離れざるをえない人は少なくありません。
その点ソーシャルビジネスは、本気でビジネスに取り組みさえすれば、社会問題の解決を進ながら生活するためのお金を稼ぐことも可能です。
なにより収益事業は支援する側とされる側の垣根を取り払い、一丸となって目標達成のために突き進むムードを生みます。結果として、支援される側の人とビジネスパートナーとして対等な立場で向かい合えるのです。
3-3.NPOとのちがい
NPOの活動は、多くの場合ソーシャルビジネスに分類されています。しかし、ソーシャルビジネスの定義を、「寄付金などの外部資金だけに頼らず、自ら事業収益を上げながら継続的に課題解決に取り組むこと」とする場合、NPOが真の意味で「ソーシャルビジネス」であるかは議論されるところです。
NPO 収益内訳
※出典:政府統計「平成29年度特定非営利活動法人に関する実態調査」P27(2018.3) 内閣府
もちろん、外部資金に頼らない事業型NPOも数多く存在します。実際に「平成29年度特定非営利活動法人に関する実態調査」によると、NPO法人全体の77%が事業で収益を上げており、寄付金などの外部資金に依存しない財源体制を整えていることが分かります。
NPO 収益合計
※出典:政府統計「平成29年度特定非営利活動法人に関する実態調査」P25(2018.3) 内閣府
しかし収益の合計を見てみると、1,000万円以下の法人が50.2%と半数以上を占めているのです。
NPO 有給職員数
※出典:政府統計「平成29年度特定非営利活動法人に関する実態調査」P34(2018.3) 内閣府
さらに3割強のNPO法人では、有給常勤職員の人数が0人というデータも出ています。事業収益はそこで活動している人がいてこそ上げられるものです。人件費を計上した上で利益を出していかなければ、活動を続けるのも難しいことが予測されます。
このように「事業の目的」「事業の持続性」「事業の財源」を見たとき、ソーシャルビジネスはすべてを満たした社会問題解決方法だといえます。
とはいえ、ビジネスでの解決が難しい社会問題もあるため、一概にソーシャルビジネスが社会問題解決の最適解だとはいえません。例えば、重度の障害をもった人やストリートチルドレンを対象にしてビジネスを展開することは難しいでしょう。この場合、行政やボランティア、NPOが主体となり、ときには事業体の垣根を越えて協力し問題を解決していくことが望まれます。問題を抱えた当人たちが自分に誇りを持ち、人間らしい生活を送れるようにすることが一番の社会貢献なのです。
ソーシャルビジネスも、あくまで社会問題を解決するための一手段。目の前の問題をスピーディーかつ継続的に解決するために、ビジネスという手法が最適であるならば、ソーシャルビジネスを選択すればよいでしょう。社会問題を解決するための手段の選択は、個々人がしっかり検討すべき点です。
4.世界と日本のソーシャルビジネス
次は、世界や日本ではどれくらいソーシャルビジネスが広がっているのかを見てみましょう。
まずソーシャルビジネス始まりの国 イギリスには、「Social investment: a force for social change 2016 strategy」によると2012年以降、約5万8千だった社会問題解決に取り組む企業の数が約74万まで増加したというデータ(推定値)があります。
また日本でもソーシャルビジネスは広がりを見せており、2008年時点では約8,000社だった企業数が約20万5千社まで増加しているのです。
では実際に、世界や日本にはどんなソーシャルビジネスの会社があるのかを紹介します。
4-1.世界のソーシャルビジネス
■グラミン銀行(バングラデシュ)
1日1ドル〜2ドルで暮らしている最貧困層の人たちに、数ドル程度の小額の事業資金を貸し、自立を促す小口金融。「マイクロファイナンス」、「マイクロクレジット」と呼ばれており、現在世界中に広まっている。グラミン銀行は、現在までに約900万人もの人への融資を達成(2016年時点)。
■パタゴニア(アメリカ合衆国)
アウトドア衣料品などの販売をおこなう企業、ブランド。商品の素材は厳正な基準のもと選ばれており、環境にできる限り負荷のない商品づくりを徹底している。また、従業員への待遇が極めてよく、公正な報酬や医療保険、託児施設利用に対する補助金、有給休暇などの福利厚生が整備されている。
■THE BODY SHOP(イギリス)
自然の原料をベースに商品製造をおこなうコスメブランド。化粧品の製造過程でよくおこなわれる動物実験は一切せず、パッケージにおいても再生素材を利用するなど、環境・動物に配慮したサプライチェーンを徹底している。また、社会的に弱い立場にある人、例えばHIV陽性者やセクシャルマイノリティの人権擁護にも力をいれており、啓発イベントの開催や人権擁護団体への寄付も積極的におこなう。
■サファリコム M-pesa(ケニア)
携帯電話事業者サファリコムが提供しているモバイル送金サービス。このサービスにより、銀行口座を持てない貧困層の人々でも、携帯電話のSMSを使って簡単に送金ができるように。これまで現金手渡し以外の送金方法を持たなかった人々にとって、革命的な仕組みとなる。このモバイル送金サービスは現在、アフリカのほとんどの国で導入され人々の生活に劇的な変化をもたらしている。
4-2.日本のソーシャルビジネス
■株式会社マザーハウス
バングラデシュなどの途上国で現地の素材をいかした商品を製造し、販売をおこなうメーカー、ブランド。世界に通用するものづくりを通して、発展途上国にも可能性があることを世界へ向けて発信している。従業員のための年金や医療保険の福祉などを充実させており、従業員の生活向上にも取り組む。
■株式会社LITALICO
働くことに困難のあるかた向けの就労支援、学ぶことに困難がある子ども向けのオーダーメイド学習塾など、障害のある人のためのサービスを提供。「障害は人ではなく社会の側にある」という考えのもと、人々の多様な生き方を実現するサービスや情報発信に常に挑戦し続けている。
■株式会社ユーグレナ
ユーグレナを活用したヘルスケアやエネルギー・環境事業を展開する企業。バングラデシュの子どもたちに豊富な栄養素を持つユーグレナクッキーを届ける「ユーグレナGENKIプログラム」では、2019年8月末時点で約832万6千食ものクッキーを現地で配布している。グラミングループと合弁会社をつくりおこなう「緑豆プロジェクト」では、バングラデシュの雇用向上にも取り組んでいる。
■株式会社坂ノ途中
「100年先もつづく、農業を」という考えのもと、農薬や化学肥料不使用で栽培された農産物の販売を行っている。つながる農家は関西を中心に約200軒、内9割が新規就農者という、日本で類を見ない事業を展開。他にもウガンダや東南アジアの国々で、環境保全と現地の人々の所得確保の両立を目指すプロジェクトに取り組む。
■株式会社ボーダレス・ジャパン
世の中に存在するいくつもの社会問題をさまざまな切り口で解決しようとしている社会起業家が集まる企業。日本をはじめバングラデシュやミャンマー、ケニアなどの世界で、事業を立ち上げてきた。解決したい社会問題の分野、事業種は一切問わず、貧困から人種差別、農業からアパレル業までさまざまな事業を展開。2018年には社会起業家育成のための「ボーダレスアカデミー」を開校した。
5.ソーシャルビジネスがえがく日本と世界の未来
あらゆる技術が進歩する現代においても、解決されていない社会問題はまだまだたくさんあります。しかもその内容は多様化・複雑化しているので、苦しみ、困っている人が大勢いるのです。だからこそ、問題を放置し続けることはできません。
こうした状況に対する答えの1つがソーシャルビジネス。日本を含めた各国の政府が、ソーシャルビジネスを支援する施策を立てていることからも、行政がソーシャルビジネスに期待していることが分かります。こうした行政のあと押しもあり、今後ソーシャルビジネスは世界で一層の盛りあがりをみせるでしょう。
またソーシャルビジネスは、盛りあがるだけで終わってはなりません。「何としてでも解決したい社会問題」を持つ社会起業家が、強い情熱と使命感を持ち、継続性のあるビジネスの力で世界を変えていくことこそが、ソーシャルビジネスの存在意義だと思うのです。