4連休前「Go To トラベル」が東京を外すかたちで強行されたかと思えば、連休最終日になって経済界に「テレワーク7割」が改めて呼びかけるなど、政府から打ち出される政策は、ちぐはぐという印象が拭えない。

新型コロナ感染拡大にともない、これまでになかった政治や社会の問題が噴出しているのか。社会学者で東京工業大学准教授の西田亮介さんは、それは政府が民意に「耳を傾けすぎ」ているからだと指摘する。

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「安倍一強」と呼ばれる長期政権が「耳を傾けすぎる政府」と化した背景には何があるのか。

新刊『コロナ危機の社会学 感染したのはウイルスか、不安か』(朝日新聞出版)で西田さんは、新型コロナ発生当初から今年6月までの、政府の対応やメディアでの報じられ方、人々の反応をたどり、大胆な決定、大胆な政策が乱発されるに至る経緯を振り返っている。

「コロナ対策がはじまった1、2月、初動が遅いという声はすでに大きかったのですが、実はこの時点では、これまでの自然災害や2009年新型インフルエンザ流行の教訓を経て作った政府行動計画や特措法など、前の計画に概ねそったかたちで進めていて、WHOの動きとも協調しています。初動は決して遅くなかったとみることができそうです」

 しかし3月、ダイヤモンド・プリンセス号の対応が終盤になったころから、そうした事前に想定していた対策を脇に置き、行政的な裁量のもとでの対応が行われはじめた。

「補償はどうするのか? 学校はどうするのか? といったことを、立法せずに既存の裁量の範囲で政府が決定するようになったのです。政府が世の中の論調を意識するあまり、効果が判然としない決定や政策を場当たり的に乱発し始めました」

 たとえば休業要請や外出自粛等にともなう収入減に対する経済対策は、当初、「要件を満たす世帯に30万円」が給付されると発表されたが、ほどなくして撤回。「国民1人当たり一律10万円」に変更された。TwitterなどのSNS上ではこれを「私たちが声をあげたからだ」として成果ととらえる人たちが少なくなかった。このように政府が人々の声に迎合する背景に、内閣支持率の顕著な低下があると西田さんはいう。

「新型コロナの前から森友・加計問題や桜を見る会の問題がノイズのようにあり、人々の政治不信は高まっていた。そこに、新型コロナ対策における初動の遅れ批判や、経済対策が小規模であるという批判といった新しい問題が重なり、それが内閣支持率の低下につながりました。どの世論調査を見ても、第二次安倍政権発足以来、最低の水準まで落ちています。そこで人々の反応を政治に都合よく取り込もうとして、“耳を傾けすぎ”るようになったのです」

 そうして乱発された場当たり的な対策が「声をあげた」人たちにとって望ましい将来につながるとはかぎらない。

「新型コロナ対策のコストは、二度の補正予算だけでも約57兆円が当てられました。日本の通常時の予算がおよそ100兆円ですから、およそ6割にあたる額です。当初、日本の経済対策は小規模だと批判されましたが、世界屈指の規模です。しかしこれは、赤字国債を発行してまかなわれます」

 つまり、効果も公平性も明確とはいえない対策のために、われわれは中長期のリスクを抱え込んでしまったといえる。

「効果を重視するのであれば、一見民意に反する対処を政府が遂行するということはありえるわけです。自由民主主義の社会における『民意』は正確さを必ずしも保証しませんし、それで構わないはずだからです。だからこそ説明や説得を重ねるというプロセスは欠かせません。そもそも為政者と人々のあいだには情報量に圧倒的な差がありますから、それを伝えて理解を得るというのが、ある種の責任倫理の貫徹の仕方でしょう。しかし、現在の政府においては、そのような気配はまったく見られませんでした」

 安倍晋三総理の記者会見は6月18日以降、現時点(7月29日)まで1カ月以上も開かれていない。このような国民への説明や説得を忌避しようとする姿勢が、政府の「耳を傾けすぎる」化にいっそう拍車をかけているといえるだろう。(取材・文/三浦ゆえ)

西田亮介(にしだ・りょうすけ)
1983年、京都生まれ。専門は社会学。博士(政策・メディア)。東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授。著書に『メディアと自民党』(角川新書、2016年度社会情報学会優秀文献賞)などがある。最新刊は『コロナ危機の社会学 感染したのはウイルスか、不安か』(朝日新聞出版)