みつとみ俊郎のダイアリー

音楽家みつとみ俊郎の日記です。伊豆高原の自宅で、脳出血で半身麻痺の妻の介護をしながら暮らしています。

エアギター

2012-07-11 19:22:25 | Weblog
なる遊びが登場した時「なに、こいつらアホなことやってるんだ」と正直思っていたし、その気持ちはずっとあったのだが、妻のリハビリで身体のメカニズムを研究したり介護施設とのコラボを通してお年寄りたちの身体の動きを見ていくうちに「待てよ。エアギターって私の思っていたこととはまったく違った意味を持っているのかもしれないな」と思うようになってきた。
単なる「演奏の真似」には違いないのだが、基本的には、あたかもギターを本当に弾いているように見せなければならない。
ということは、「本物の動き」を熟知していなければ「それらしくは見えない」ということになる。
この「動きを真似る」という能力は脳の発達過程にはとても大事な要素なのだ。
脳の研究書を読むと必ず出て来る「ミラーニューロン」ということば。
人やサルに特有の「模倣する」脳細胞のことだ。
これがあるからこそ、人は「進化」し「文明」を作ってきたとも言えるのだから、このエアギター、単なる「真似」ということばだけで片付けられない側面を持っている(ミラーニューロンの障害が自閉症を引き起こすという説を唱える人もいるのだから、逆もまた真なりだ)。

これが他の楽器だったらどうだろう。
例えば、「エアヴァイオリン」。
昔見たフランス映画に『愛を弾く女』というのがあった。
エマニュエル・ベアール主演の恋愛映画で、彼女はプロのヴァイオリン奏者の役。
その彼女をはさむレコーディング・プロデューサーとヴァイオリンの修理技師という二人の男性の間の三角関係がテーマの映画だった。
この映画で私が最も関心したのが、ベアールのヴァイオリンを弾く演技だ。
日本の俳優だったら、演奏の演技は遠いカメラから俯瞰の映像だったり、アップの手の演技だけは本職のスタントにやらせたりするのだが、この映画でのベアールのヴァイオリンの演技は最高だった。
「この人、ひょっとしたらヴァイオリン本当に弾けるんじゃないの」と思わせるまでの「完璧な模倣」だった。
指のポジションからボーイングから何から何まで、私は映画を見ながらずっと(弾けるのかな?と)「だまされ」続けていた。
きっと、相当練習したはずだ。
日本でも映画『スイングガールズ』の子供たちは全員ちゃんと本当に演奏していたのだが、それとこれとはちょっと話が違う。
「本当に演奏する」のと「演奏する真似を完璧に行う」のでは意味合いが違う。
実は、私は、この「エアヴァイオリンをしばらく前から恵子にやらせている。もちろん、リハビリの一環として。
人が物を持ったり握ったり、例えば、ペットボトルの蓋を開けたりする時に使う筋肉は手のひらの膨らみの部分、「指屈筋群」という筋肉だ。
恵子の場合、長い麻痺の間にこの部分の筋肉がものの見事に痩せ細ってしまい、モノを掴んだりする作業にあまり役立っていない。
ということは、まずこの筋肉を鍛えていかないとモノを持つだけでなくお箸を持ってご飯を食べることもママならないということになる。
「これってひょっとしたらヴァイオリンのボーイングの練習が役に立つのでは?」と思った私は、すぐさま知り合いに「ねえ、小さな子供用のヴァイオリン持っていたでしょう?貸してくれない?」と言って早速
1/16のヴァイオリンを借りてきた。
昔ヴァイオリンのレッスンを受けたことはある。
なので、「正しい弓の持ち方」ぐらいはきちんと理解しているつもりだ。
その持ち方を恵子に指導する。
でも、もちろん、本気で彼女にヴァイオリンを弾かせようとしているわけではない。
「弾く真似」をして欲しいのだ。弾く真似をすることによって手の指屈筋群が鍛えられればという思いからだ。
本物の弓を使っているので、厳密に言えば「エアヴァイオリン」ではないのだが、目的が筋肉トレーニングなのでしっかりとボーイングを真似ることは必須。
二人でいつもドヴォルザークの『ユーモレスク』を弾く真似をしている。
今は、単なる物まねだが、そのうちちゃんとしたポジションを左の指でおさえようと思っている。
でも、そこまでいかなくてもこのエアヴァイオリン、彼女のリハビリには十分役立っている。
入院中から始めたキーボードのレッスンも、今では本当のピアノを右手の指がおさえられるところまで来た。
ピアノのキーを麻痺した指が動かすというのはそれほど簡単にできることではない。
ピアノの音がちゃんと出せるというのは、恵子にとってかなりの進歩なのだ。
シンセイサイザー、チェンバロ、ピアノと指の負荷が増えるのを少しずつ楽しみながら克服している。
チェンバロにしても、ピアノにしても、見ていると、まるで楽器を初めて買ってもらった子供のように楽しげだ。
「こんな人だったかな?」と不思議にも思うが、脳卒中という病気は時として思わぬ変化を人にもたらす時があるという(私は、そんな記述をさまざまな本で発見してきた)。
なので、彼女の脳の中に突如「音楽脳」とかいう部分ができたのだとしても何も驚くにはあたらないだろう。
このエアギターやエアヴァイオリンならぬ、エア楽器、きっと介護施設のお年寄りたちの脳トレにも効果があるのではと思っている(人間の脳というのは「錯覚」から発展する場合もたくさんあるのだから)。
これは、私への課題であると同時に「希望」だとも思っている。