「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

Long Good-bye 2019・09・22

2019-09-22 05:00:00 | Weblog





  今日の「お気に入り」。


  「 市電の座席に坐ると、熊吾は週刊誌の下のほうから目を通し始めた。アメリカのワシントンで

   行なわれた大行進の記事が目に留まった。マーティン・ルーサー・キング・ジュニアという黒人

   牧師の名、ワシントン大行進という見出し、人種差別撤廃と雇用拡大を求めて米国で十万人以上

   が参加という小見出しに興味をそそられたのだ。記事ではキング師の演説にはわずかな誌面しか

   使っていなかった。熊吾は、いちばん最近の週刊誌で、その演説の骨子を読むことができた。


   ── 私には夢がある。

   ある日、ジョージアの赤土の丘の上で、以前の奴隷の息子たちと以前の奴隷所有者の息子たちが、

   兄弟愛というテーブルにともに着き得ることを。

   私には夢がある。

   ある日、不正と抑圧という熱で苦しんでいる不毛の州、ミシシッピーでさえ、自由と正義という

   オアシスに変わることを。

   私には夢がある。

   私の四人の子供たちがある日、肌の色ではなく人物の内容によって判断される国に住むことを。──


    熊吾は、この黒人指導者がまだ三十四歳であることに驚いたが、演説そのものにも深い共感を

   抱いて、何度も読み返した。」


   ( 宮本輝著 「 長流の畔 ― 流転の海 第八部 ― 」 新潮文庫 所収 )



 


 
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