電車の中で、
携帯電話が鳴った。
普通ならば、
慌てて電話に出る人の姿を見かけるところだが、
誰も出ようとはしない。
5回、6回と鳴ったところで、
ようやく鞄の中の携帯を取り出した女性がいた。
その姿を見て、
彼女がなかなか電話に出なかった理由がわかった。
ヘッドホンをしていた。
音楽を聞いていたから、
着信音に気づかなかったのだ。
どうやら出た途端に電話が切れてしまったらしく、
そのままメールを打ち出した。
着信音が鳴ったことからもわかるように、
マナーモードになっていない。
だからピ・ポ・パ・ポと、
メールを打つ音がする。
隣の席の客が彼女に不快そうな目を向ける。
だが、彼女は気づかない。
そもそも音楽を聞いている彼女には、
メールを打つ音も聞こえていない。
いつもならば不愉快に思う光景だけど、
この時は、そんな彼女の姿がやけに「滑稽」なものに思えた。
ヘッドホンで音楽を聞いているから、
自分が周囲に不快な思いをさせていることに気づかない。
これとよく似た状況が、
いろいろなかたちで、
世の中にはたくさん起きていると思ったからである。