上りの南武線が武蔵溝ノ口駅に到着する直前、
右手に、アーケードのある商店街が見える。
商店街といっても、今や店の大半は飲み屋だ。
母親が溝の口の病院にしていた十数年前、
そこに1軒の古書店があった。
先日、歯科医院に行くため南武線に乗ったところ、
一瞬、あの古書店が見えた。
「まだあったんだ」
というのが正直な気持ちだった。
近々行かねばと思っていたが、
なかなか時間が取れず、
今日ようやく行くことができた。
このアーケード街の中ほどだったはずだ。
昼過ぎだったので、大半の飲み屋はシャッターを下ろしている。
3分もかからずアーケードを通り抜ける。
古書店はなかった。
戻ってみる。
閉まっているシャッターもしっかり確認する。
やはり古書店はなかった。
ネットで調べると、すでに閉店していた。
車窓から見えた、あの古書店はなんだったのだろう。
僕の願望が、今はなき古書店のまぼろしを見せたのだろうか。
四方からサイレンが聴こえてくる。
消防車が集まってくる。
黒煙が上がるのが見えた。
火災だ。
消防車が通り過ぎた道沿いの喫茶店から、
老婆のグループが出て来た。
「どこかしら?」
「ウチだったら泊めてね」
一同、静かに笑う。
若者たちがこの会話をしたら、
不謹慎に感じるところだが、
上品そうな老婆たちだったので、
なんともいえないおかしみがこみ上げてきた。
面白がっている場合ではないのだが。
でも、面白いものは面白い。
刀の手入れをしながら祖父が言った。
「これは人を斬った刀だ」
家人が覚えているのはそれだけだ。
それからしばらくして祖父は亡くなった。
その刀がどのような由来のものかわからないが、
近所の好事家に頼まれ、譲ることになった。
しかししばらくすると、その好事家は亡くなり、
刀は家人一族に本家に戻ってきた。
そのまま家に置いておくのも、
なにか気味の悪い感じがしたので、
近所の寺に預かってもらうことにした。
しばらくすると、今度はその寺の住職が亡くなった。
寺が預かり続けるのを拒んだのだか、
本家側が引き上げることにしたのかは不明だが、
またしても刀は戻ってきた。
今もその刀は本家にあるという。
いつ頃のものなのか。
誰が作ったものなのか。
専門家が見れば、わかるかもしれない。
僕が携わっている番組に出演してもらい、
詳しく調べることができないかと提案しているのだが、
残念ながら、今のところ断られている。
調べてみたいなあ。
彼は中学生の頃、
自分の自転車をとても愛していた。
「さゆり」と名前をつけたほどだ。
彼は毎日のように「さゆり」に乗った。
「さゆり」の手入れをした。
何度か「さゆり」が盗まれたことがあった。
でも必ず見つかった。
空き地に放置されていたところを発見されたこともあった。
なぜか「さゆり」のライトを点灯し、
日暮れになりそれが目撃されたのだ。
しかし、彼の恋人ができた。
デートに自転車は不向きだ。
彼が「さゆり」に乗る機会はめっきり減った。
しばらく時が経ち…。
ひさしぶりに彼は「さゆり」に乗った。
だが、走り出すことはなかった。
またがると、突然サドルが折れたのだ。
普通ではありえない壊れ方だった。
知人の母の話だ。
真夜中に腹痛を訴えた。
救急車を呼ぶべきか迷っていると、
母親が言った。
「今、音がした。盲腸が破裂する音がした」
にわかに信じがたい話だったが、
すぐさま救急車を呼び病院へ。
診察の結果、
たしかに盲腸は破裂しており、
緊急手術となったそうだ。
盲腸が破裂する音…
本当に聴こえるものなのだろうか。
北関東の片田舎の夜道を友人たちとドライブしていた時のことだ。
勢いづいて、酒が入っていたのかもしれないが、
道を外れて、草むらに突っ込んでいった。
草をかきわけるようにして、なんとか進むうちに、
何かにぶつかったような衝撃があった。
しかし、外に出て確認することなく、通り過ぎ、家路についた。
車を運転していた彼に最初の異変があったのは、翌朝のことだ。
首が曲がっている。
正面を向こうとしても痛くて向くことができない。
家族も出払っていたので、仕方なく一人で病院に行くことにした。
首が曲がった状態で車を運転するのは危うかったが、
車でなければ病院に行けないような場所だ。
県道を走っていると、次の異変が起きた。
前を走っているトラックの荷台から金属製品が落ち、
彼の車めがけて飛んできたのだ。
幸い車をかすめただけだったが、
直撃していたら大きな事故になっていたはずだ。
その後、病院で検査を受けたが、特に首には異常は見られなかった。
ただただ首が曲がっている。
精神的なものではないとも言われた。
しばらく様子をみるしかなかった。
釈然としないまま病院の建物を出た時、次の異変は起きた。
車寄せのところに立っていると、タクシーが突っ込んできた。
今回も寸前のところで衝突を避けることができたが、
危ないところだった。
なにかある。
そこからどういう経緯でそうなったのかは、知り合いも詳しくは知らないのだが、
霊能力者に見てもらうことになったという。
一連の出来事とここ数日の行動を話すと、
霊能力者は、あの夜、車が何かにぶつかった場所に原因があると言い出した。
半信半疑で、あのとき一緒だった友人たちと再び草むらを訪ねた。
車が草をなぎ倒した跡があったので、
目的な場所まで行くのは、容易だった。
あの時、衝撃を感じた場所には、古い地蔵が倒れていた。
祟りというものを僕は信じていないが、
こういう話を聞くと、もしかすると…とも思う。
ふと目を覚ますと、
隣のベッドで眠っている家人が、
唸り声を上げている。
そしてその直後、
なにやらぶつぶつと呟く声がしばらく続いた。
寝言か。
翌朝、
「寝言を言っていたよ」
と指摘すると、
「何かが来たの」
あの呟きは、その何かを祓っていたらしい。
というか、何かってなんだよ!
我が家、大変なことになっています。
知り合いの体験談だ。
ある時、頭痛に襲われた。
そこでロキソニンを服用。
すると、頭痛は無事おさまった。
しかし、翌日、また頭痛が復活。
ロキソニンを飲む。
頭痛がおさまる。
そんな生活が1ヶ月ぐらい続いた。
さすがに心配になり、頭痛外来に行くと、
「ロキソニンを止めなさい」
医師曰く、
体がロキソニンを求めて、
頭痛を引き起こしているというのだ。
鎮痛剤中毒の禁断症状が頭痛?
それから二週間、ロキソニンを断った。
それは辛い日々だったという。
床に這いつくばって頭痛に耐えた日もあったそうだ。
しかし、二週間が経とうとする頃、
次第に痛みが弱まってきて、
最終的に頭痛はおさまった。
医師は言った。
「あなたはこの先、もう一生ロキソニンは使わない。
そういう心構えでいて下さい」
家人がひとりで家にいた時のことだ。
どこかで携帯が鳴った。
自分のスマホは手元にある。
僕が忘れたのかと思い、
連絡がきたが、
僕は忘れてはいなかった。
じゃあ、あの音はいったい?
実は一週間ほど前に叔父が亡くなった。
身寄りがないため、
僕が遺体の引受人となり、
病室から遺品を持ち帰ってきた。
その中に携帯があり、
電源が切られていなかったのだ。
いったいどこから電話があったのか。
後で確認すると、
かかってきたのは「0120」から始まるフリーダイヤル。
それにも関わらず、
「こうてい」
と相手の名前が残っていた。
叔父が登録してあったのだ。
こうてい?
皇帝、校庭、工程…。
なんだ、「こうてい」って。
折り返しかけてみるべきかどうか、迷っている。
一番厄介なのは「カビ」だという。
素人考えでは、
たとえ床上浸水したとしても、
最悪、壁や床を張り替えれば、
構造部分はそのまま再利用できる、
つまるり「ビフォーアフタ」レベルのリフォームをすれば、
なんとかなるのではないかと思ってしまうが、
必ずしもそう上手くはいかないという。
よく乾燥させたつもりでも、
水分が残っており、カビが発生。
それによる健康被害が出ることがあるそうだ。
見えないところでカビは大量発生している。
ボランティアの女性が、
床下にたまった泥出しの作業をした時の話だ。
長時間の作業を終え、
宿舎でようやくシャワーを浴びると、
「髪を洗ったら、水が緑だったんだよ」
緑の原因がカビなのかコケなのかはわからない。
ヘルメットをして作業をしていたにも関わらず、
床下にビッシリ生えた緑の何かが髪に付着していたという。
怖い話だ。
子どもを抱いた母親とその夫が、優先席に座った。
すぐに子どもが泣き出す。
座るのが嫌だったのだろう。
しばらくあやしていたが泣き止まず、
仕方なく母親が再び席を立った。
その直後、怒声が聞こえてきた。
「今、うるせえって言っただろ?」
夫が優先席の端に座っていた老人を怒鳴りつけていた。
「赤ん坊が泣いてうるせーって言ってただろ」
「言ってないよ」
「そういう目で俺を見てただろ!
お前も泣かせてやろうかっ!」
恫喝する夫の腕を、「止めないよ」と妻が引く。
するといつの間か泣き止んだ子どもが言った。
「なんで怒ってるの?」
「お前が泣くからだろ」
一連の光景を見て、夫にも老人にも思うことはあるが、
一番怖かったのは子どもの様子だ。
なぜ、平然としている?
父親があんな大声で突然怒鳴りだしたら、
普通、自分が叱られているわけではなくても、
もう少し動揺するはずだ。しかしその様子はまるでない。
なぜか?
おそらく見慣れているのだ、父親が怒鳴る姿に。
「なんで怒ってるの?」
そう考えると、
無邪気な子どもの姿が、だんだん怖くなってきたのだ。
「ナガミヒナゲシ」のことは最近知った。
驚異の繁殖力で在来植物を脅かしている「外来種」である。
この事実を知って家の近所を見ると、
いたるところにナガミヒナゲシがある。
いつの間にこんなに増えていやがったんだ!
だが一番怖かったのは、
意識するまで気づいていなかったことだ。
視界には入っているけど認知していない。
そういう人も意外と多いのではないか。
ここでSF的妄想が広がる。
彼らは侵略者なのだ。
増え続け、ある臨界点を越えたところで突然変異を起こす。
香りの成分が人間を含む高等生物にとって猛毒になるのか。
花粉が神経組織に寄生するのか。
そんなふうに考えて見ると、
路傍のオレンジの花がやけに不気味に見えてきた。