ピアノの発表会と理解不能な父親

2008年07月29日 15時44分55秒 | コメディのかけら
ピアノの発表会、といっても、ささやかなものだが、
まあ、それに出かけたのだった。

その会場で、
後ろの席に座った親子が最悪だった。
正確には、父親が。

自分の子どもの演奏が終わった後、
客席で他の子どもの演奏を見ているのだが、
父親がずっと我が子になにやら話しかけている。
子どもが父親にではない。
父親が子どもにだ。

演奏に対する感想ならば、
まあ、それもちょっとどうかと思うが、
1000歩譲って、よしとしよう。
しかし、父親が話しているのは、
目の前で行われている演奏とはまったく別の話だ。

たとえば、
「近所の音大の先生にピアノを教わると1時間50万円」
そんな話を小学校低学年の娘に話してどうする?

さらに、ステージ上のグランドピアノを見て、
「あのピアノ高そうだな」

聞いていると、その父親、金がらみの話しかしていない。
しかも、高価=いい、という価値観の持ち主のようで、
そんな価値観に育てられた子どもは、
将来どんなふうになるのか想像すると、
現実的には怖くもあり、
無責任な空想の上ではコメディの匂いがしてくる。

それにしてもなんであの父親は、
娘にピアノを習わせようと思ったのか。

それが最大の疑問であり、
理解不可能な点である。

ニッテ連

2008年07月26日 22時39分38秒 | コメディのかけら

蕎麦屋で一人酒を飲んでいたら、
隣席の女性2人客の会話が聞こえてきた。

「私、ニッテ連だから」

ニッテ連?
なんだ、それは?

すると、その女性は続けてこう言った。

「日本手酌連盟だよ」

なるほど。
いや、なるほどじゃない。

しゃぼん玉は浮くのか?

2008年07月26日 02時18分49秒 | ギモンのかけら

ふと、ギモンに思ったのだが、
しゃぼん玉は浮くのだろうか。

なんとなく上昇していくイメージはあるが、
あの中に入っているのは、吐いた息。
つまり、空気より重いはず。
ならば、ゆるやかに落下していくはずである。

だが、上昇していくしゃぼん玉を見かけることはある。
そもそも『しゃぼん玉』という歌の歌詞からして、
♪屋根まで飛んで・・・いく。

あの上昇は風によるものなのか。

ギモンである。

真夏の人間ドック

2008年07月24日 09時00分11秒 | その他のかけら

真夏の人間ドックは危険だ。

前夜の夜8時から絶食。
水分を最後に摂ったのが夜中の12時。

それから寝たのだが、
最近は寝汗をかくので、
夜中に目が覚めて最低1回は水を飲む。
さらに朝起きてから、水をゴクゴクと飲む。

だが、今日はどちらもできない。

家を出るとすでに気温はあがっており、
汗が吹き出す。
ラッシュの電車に揺られ病院に向かう。

病院内の室温は快適だが、
空調のせいか空気が乾燥している。

しかも、最後に胃の内視鏡をやったので、
喉の麻酔がきれるまで飲食は禁止と言われる。

飲食が解禁になったのは午後1時。
つまり、汗を大量にかく時期にも関わらず、
半日以上水分補給ゼロ。

真夏に人間ドックにいくものではない。
今度はもう少しおだやかな季節にいこう。

エコと紙資料

2008年07月22日 15時17分14秒 | 業界のかけら

テレビ業界の会議で
ペーパーレスはまだまだ先の話である。

あるエコ番組の会議では、
エコをやる以上、少しは紙資料を減らそうと、
資料を縮小コピーして配布したところ、
あまりに読みにくくて、
翌週から通常の大きさに戻したという、
リアルコメディな話を聞いた。

ところが、ついにペーパーレスな会議がやってきた。
今、ちょっと変わったアプローチのエコ番組に携わっているのだが、
この番組の会議資料は、メールで送られて来て、
会議中は、みんなPCを見ながら会議にのぞむ。

慣れないと、勝手が違うので、やりづらいところもあるのだが、
それ自体を楽しんでしまおうという雰囲気がいい。

そんな会議から、おもしろい番組が発信できればと思う。

ポン酢が違う

2008年07月19日 12時40分08秒 | コメディのかけら

知人と、彼が懇意にしている焼肉屋に行った。

挨拶に来た店長が、
テーブルの上のポン酢を見るなり厨房に向かって叫ぶ。

「〇〇さんのポン酢はこれじゃないだろ!」

そんなに怖い顔して叫ばなくても。

その表情とポン酢という言葉の響きのギャップが、
なんとも心に残ったのだった。

テレビ界・この秋の流行

2008年07月18日 09時29分42秒 | 業界のかけら

春の改編のキーワードは「クイズ」と「芸人」だった。

伝え聞くところによれば、
この秋もかなりの枠が変わるのだが、
そこにはある「流行り」が浮かび上がってくる。

まあ、その流行りが何かは今は伏せておくが、
このようにネタの傾向がかぶるのは、
どうしてなのか。
「クイズ」や「芸人」のように、
きっかけとなる番組があったわけでもないと思うのだが。

「今」の空気がそれを求めているのか。
それとも、最近、やっていないジャンルを探ると、
そこに行き着いてしまうのか。

なんとも不思議な話である。


モンティ・パイソン「パーソナルベスト」

2008年07月16日 01時00分07秒 | エンタメのかけら
最初、チラっと見た時は、
近頃流行りのモンティ・パイソン商法に騙されたかと思ったが、
各DVDに撮りおろし映像があり、
帯にある「ファン垂涎」とまではいかないものの、
ファンならば見てよかったと思う映像。

それにしても6人中4人が、
「フィッシュ・スラッピング・ダンス」を選んでいるとはなあ。
確かに怪作だけど。


まあ、そもそも本当に本人が選んだかどうだかは怪しいところだが。


道行く母親たちの会話

2008年07月15日 01時09分06秒 | コメディのかけら

幼児を連れた2人の母親と、道ですれ違った。
その時、聞こえてきた会話。

母A「えっと、あの警察車・・・なんだっけ?」
母B「パトカー?」
母A「そう、それ」

これも暑さのせいか。

観劇・「ガレッジセールLIVE」

2008年07月13日 00時05分48秒 | エンタメのかけら

スペースゼロで、ガレッジセール6年ぶりのライブ「城組と暁組」を見る。

思っていた以上に、ちゃんと「芝居」していたので驚く。

作・演出の石原君は客足が苦戦していると言っていたが、
いざ、行ってみれば満員御礼。

そのため席の配置を変えたのか、
なぜか関係者チケットは、
座席番号を手書きしたポストイット。

このチケットが、
ある意味、最高の前説だった。

「人魚姫」再読

2008年07月11日 22時45分27秒 | アイデアのかけら
必要があって、「人魚姫」を読み返す。

この童話の優れたアイデアは、
「足を手に入れるために、声を失う」
というところだろう。
つまり、
「Aを得るために、自分が持っているBを失う」
というプロットだ。

だが、失えばなんでもいいというわけではない。
「人魚姫」の場合、失うものが「声」というのが秀逸だ。
「足」が欲しかったのは、王子の近くに行きたかったからであるにもかかわらず、
その代わりに思いを告げるための「声」を失ってしまうのだから。

失ったものが「声」ではなく、「へそ」となると、途端にダメな感じになる。
いや、へそだって大事だが、声と比べたらまったくお話にならない。

読みつがれている物語には、常にアイデアのヒントがある。

地下鉄のリトル・ブリテン

2008年07月11日 00時43分40秒 | コメディのかけら

地下鉄で、ある駅から車椅子の女性が乗ってきた。

それだけならば、別に構わない。
ただし、その女性が自ら車椅子を運んで来たとなると問題だ。
しかも、「ヨイショ」と持ち上げて。

車椅子を自分で抱えて車内の車椅子スペースに置き、
それからそこに座り、居眠りを始めた。

どういうことなのだ?

詳細は不明だが、
どう見てもリアル「リトル・ブリテン」である。

HMVのとんがり帽子

2008年07月09日 23時25分32秒 | コメディのかけら
渋谷のHMVに行くと、
どういう趣向かわからぬが、
店員たちがとんがり帽子をかぶっている。

それはそれでマヌケで可愛いからいい。

だが、問題もある。

買い物を終えて、領収書をもらう。
すると、領収書を書いている間、思い切り前傾姿勢になる。
だから、とんがり帽子の尖端が、ずっと僕に向かっている。

怖い。
尖端恐怖症じゃなくとも、これはかなり怖い。

とんがり帽子が僕を刺す。

Panasonicの広告と洞爺湖

2008年07月08日 08時12分24秒 | コメディのかけら

今日の朝刊に載っていた、
Panasonicの広告がすごい。

「洞爺湖に浮かぶ島が、エコの未来を教えてくれました」

というコピーの後に、こんな説明が続く。

「日本のご家庭のエネルギー消費量をグラフにすると、
洞爺湖に浮かぶ島のかたちに見えます。
大切なのは、これからの省エネ。
CO2を減らす日々が、エコの明日を描いていきます」

エネルギー消費量の島の形になぞらえるって。

強引だなあ。
でも、よく思いついたなあ。
よく見立てたなあ。
よく見つけたなあ。

企業のメッセージには何ら感じ入ることはないが、
この広告を作ったクリエイターには頭が下がる。

温暖化にまつわるグラフを使ったコメディ、
というのは考えられるなと思っていたが、
Panasonicに先を越されてしまった。

イルカの手触り

2008年07月07日 23時48分10秒 | コメディのかけら

家人(小)が、
海に入ってイルカに触れられるキャンプに行った。

「イルカって触るとどんな感じ?」

そう尋ねると、家人(小)はしばらく考えて答えた。

「・・・ナスみたいだった」

ナス?
イルカの肌はナスみたいなのか?

感覚を伝えるというのは、
なんとも難しいものである。