10月23日(月)、曇り。
近年は、台風一過とは行かないようです。
それでも午後は、少し青空が覗くようになっていました。
昨日は「ディスカバージャパン」。
取材は、10時から12時までの2時間。
2時間でどの程度お話が出来るかです。
もう少しあればとは思いましたが、そうも行きません。
で、インタビュアーの取材を受けながら、カメラマンに効率よく仕事が出来るよう、あらかじめ手持ち作品を10組程度を、長椅子に並べておきました。
その映像です。

交換した名刺を見て驚きました。
あの枻出版社なのでした。
「枻出版さんとは、昔、ちょっとした繋がりがありました。この本(雑誌)です」。
と、本棚にあった「人間賛歌・枻」を取り出しました。
そうです、表紙には「水無瀬駒特集」の見出しと「82才とある大写しの水無瀬駒」。
「へーっと」、若い担当者は絶句。
「今から40年に近いものだし、お若いのでご存じないのは当然だと思います。枻出版さんはその昔、
いろいろな日本文化を取り上げていました。あるとき将棋を取り上げた号を出したところ、馬鹿売れ。
将棋ファンは、勝った負けただけでない、将棋文化の雑誌の登場に喝采しました。私もその一人です。
私は直ぐに、水無瀬神宮の水無瀬駒のことを編集長に伝えて、特集を組んではどうかと提案しました。
これがその号です。以来、人間賛歌・枻は、将棋賛歌に替って将棋専門誌になった経緯があります」。

取材は、予定通り12時に終了。
足らないところは、種々資料をお渡しして、参考にしていただくことにしました。
この本の発行日ですが、聞いたのは聞いたのですが、右から左で、良く覚えておりません。
恐らくは、年末か年明けくらいだと思います。
内容は、6ページ。
それだけは、覚えています。
近年は、台風一過とは行かないようです。
それでも午後は、少し青空が覗くようになっていました。
昨日は「ディスカバージャパン」。
取材は、10時から12時までの2時間。
2時間でどの程度お話が出来るかです。
もう少しあればとは思いましたが、そうも行きません。
で、インタビュアーの取材を受けながら、カメラマンに効率よく仕事が出来るよう、あらかじめ手持ち作品を10組程度を、長椅子に並べておきました。
その映像です。

交換した名刺を見て驚きました。
あの枻出版社なのでした。
「枻出版さんとは、昔、ちょっとした繋がりがありました。この本(雑誌)です」。
と、本棚にあった「人間賛歌・枻」を取り出しました。
そうです、表紙には「水無瀬駒特集」の見出しと「82才とある大写しの水無瀬駒」。
「へーっと」、若い担当者は絶句。
「今から40年に近いものだし、お若いのでご存じないのは当然だと思います。枻出版さんはその昔、
いろいろな日本文化を取り上げていました。あるとき将棋を取り上げた号を出したところ、馬鹿売れ。
将棋ファンは、勝った負けただけでない、将棋文化の雑誌の登場に喝采しました。私もその一人です。
私は直ぐに、水無瀬神宮の水無瀬駒のことを編集長に伝えて、特集を組んではどうかと提案しました。
これがその号です。以来、人間賛歌・枻は、将棋賛歌に替って将棋専門誌になった経緯があります」。

取材は、予定通り12時に終了。
足らないところは、種々資料をお渡しして、参考にしていただくことにしました。
この本の発行日ですが、聞いたのは聞いたのですが、右から左で、良く覚えておりません。
恐らくは、年末か年明けくらいだと思います。
内容は、6ページ。
それだけは、覚えています。
駒の写真集
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