7月29日(月)、概ね晴れ。
晴れた日でも、朝方は空が見えないことが多い。今日はそんな一日でした。
ビリたんさんからの質問で、図録本を10冊ぐらい探したのですが、カラーの映像が見つかったのは「菊折れ葵蒔絵の盤」だけでした。カメラに撮ったのですが、カメラを別のところに置いたままで持ってくるのを忘れてしまいました。ということで、以下は薄っすらした記憶のままに、私の見解を述べさせていただきます。
1)葵・浮線菊紋散唐草蒔絵の盤は劣化が生じ、 目盛り線の剥離がありました。 剥離した跡には明らかにV字に彫った跡が見えました。 菊折枝蒔絵の盤は目盛りの剥離は見られませんでしたが これもいわゆる「彫り駒」仕様に見えました。 こういった彫り駒あるいは彫り埋め仕様の 盤師が彫刻を施すといった製法もあったのでしょうか?
これに対するお答え。
ビリたんさんがご覧になった盤は、書かれてあった経線が剥離して、その下に黒い漆の線が残っているように見えた。「それは、よく見ると経線の下がが彫られているようだった」とのことですね。
そのところを私は見ていないので、なんとも言えませんが、おそらくは漆で書かれた線ではないでしょうか。理由は、そのほうが簡単だからです。
因みに、私の持っている脚付きの明治時代の将棋盤(榧)には、目盛りのところが「象嵌(ぞうがん)」と言って、1ミリくらいの紫檀の細い材が埋め込まれています。このような「象嵌」の手法は、昔むかし(平安時代)からあって、それを将棋盤に応用したわけです。
ところで本件は、剥離した線の下が彫られていて漆が埋まっているように見えたとのことですが、残っていた漆の黒い線の痕跡が残っていて、それが見えたのかもしれませんね。
そのあたりはどちらなのでしょうか。単眼鏡でも、遠目ですから、どこまでしっかりと見られたのかが気になるところです。
2)葵・浮線菊紋散唐草蒔絵の盤のみでしたが 目盛りの星が、まるで赤いマジックで点を打って 少し滲んだような質感でした。 星のみ赤という仕様は他にも例はあるのでしょうか?
これに対するお答え。
「将棋盤の目盛りの交点の星が、赤っぽく見えた」とのことですね。
漆にも、いろいろあって、本来の漆(生の漆)は、乾くとやや赤っぽい透明感のある茶色ですが、不純物によって、やや濃かったり、やや黒くなるものもあります。
黒い漆にするには、生の漆から不純物を取り去り、鉄漿(お歯黒)といって、漆に鉄の成分を加えて黒くするわけです。
文面によれば「星だけが赤っぽく見えた」ということなのでしょうね。普通、盤の目盛りは縦と横、そして星がありますが、それを全部、一日で終えることはむつかしいのです。1日目は縦の線。それが乾いた2日目が横の線となります。星は2日目の最後か、場合によっては3日目に入れるわけです。
縦横が乾いた後の3日目に入れるとなると、星のところが3回重なる漆になり、膨れ上がるわけです。星があまり盛り上がると好ましくないので、最後の星はできるだけ薄く塗ることになるわけです。薄く塗れば漆の厚みも色も薄くなり、透けたような赤っぽい色合いに見えたのではないでしょうか。
3)菊折枝蒔絵将棋盤と一緒に展示されている 駒は確かに水無瀬兼成さんの書体に似ていて、 しかし、清安の「花押」(?)が駒尻に入っていました。 当時の一流の書家が水無瀬兼成さんの書を 模して制作したという可能性は無いのでしょうか?
これに対するお答え。
「清安の駒」は、私も7~8年前に、名古屋の徳川美術館で、ガラス越しで遠目で見ることができました。文字はもちろん文字通り「清安」さんであり、水無瀬兼成さんとは少し違います。
この駒が作成された19世紀は、兼成作の水無瀬駒がまだまだ多く残っており、当時、最上の駒として、ご指摘のように、文字にも影響を受けたことは強かったと思います。ですが、参考にしても、模写というべきではなく、清安さんの文字というべきではないでしょうか。
因みに、小生が持っている「紫檀材の駒」は、水無瀬兼成さんそっくりの文字に作られており、それには「兼成筆写」とあり、これは完全な模写と言えるでしょう。
4)江戸の書き駒は現代の盛り上げ駒みたいな 仕上がりになっているものと思っていましたが 文字は木地とツライチの彫り埋めみたいに見えました。 見る角度の問題なのでしょうか? それともそういう漆で書かれているのでしょうか?
これに対するお答え。
現今の駒好きな人の中には、「盛り上げ駒の漆のもりあがりは、できるだけ高いのが良い」 と思っている人が、結構居られるように思います。
しかし、「ほどほどが良い、自然が良い」のです。
加えて、昔の人は、漆の盛り上げの高さには、こだわりはまったくもっていなかったと思うのです。駒の本筋にかかわることではないからです。本筋は、別のところにあり、それについては、機会があればお話ししたいと思います。
「ほどほどが良い」。それはなぜか。
その第一は、「漆の文字の盛り上がり過ぎは、上品さが品が無くなる」ということ。
その第2は、「使いずらく、実用には向かない」ということです。
何十年も前のことですが、私の知人で、アマ名人クラスの方が「これは◆◆さん(アマチュアの人)が作った駒だが、漆が高すぎて使いずらい。漆を半分くらいに減らせないか」と持ってこられたので、減らしました。作者は、名前だけは知っていた人ですが、盛り上げは高いのが良いとの一心で作られたもののように思いました。
では、実際の盛り上げでは、使う漆の種類や状況で、厚く盛り上がりやすい漆と、あまり盛り上がらない漆があります。それは、漆の粘りっこさの関係です。
元々の生の漆は、サラッとしています。それを不純物を取り除いて、熱を加えて精製して、或る場合は、鉄漿を混ぜて黒漆にしたり、何も混ぜないで透き漆にしたり。それを漆屋さんから買うわけです。精製に時間をかけると、だんだん粘り気が強くなる。実際は、そういったいろいろの漆を使うときに混ぜて、一番良いと思う状態で使うことにしたいのだが、それが難しい。実際は、いつも結果を見てから、良かったとか、イマイチだったとかで、手探りなのです。
国産漆は中国産漆の約9倍の値段差があります。
高価な国産漆は、一般的にはあまり盛り上がらりにくい性質を持ち、対して、中国産漆は盛り上がりやすいのです。
余談ですが、私の場合、最後の工程の盛り上げには、断然、国産漆のロイロ漆を使います。理由は、仕上がりの感じが違うからです。
本日は、以上です。
駒の写真集
リンク先はこちら」
http://blog.goo.ne.jp/photo/11726