裏ユキヒロック

ロックとバイクとラーメンが大好きだ。

6年経った3.11に思うこと。

2017年03月10日 | ひとりごと・日記
自分のやってるバンド「失恋メモリーズ」で、「モーニング・グローリー」って曲の歌詞を書いた6年前。

「モーニング・グローリー」

ぶら下がった電線は 空に書いた五線譜
音符みたいに 小鳥たちは歌う
庭には仲良く 並んだモーニング・グローリー
笑い声が聴こえる

杜の中にずっと 隠れていたかった
キノコには ポイズン
庭には仲良く 並んだモーニング・グローリー
泣き声が聴こえる

海岸線の 小高い丘の上
青い芝生を 裸足で駆け出そう
海岸線の 小高い丘の上
黒い雨を 避けながら歩いた

そうやって僕たちは 誰かの描いた 
美しい嘘に
騙されたフリをして やり過ごすだけなのさ
嘘は朝顔のように 

・・・開いたり萎んだり

モーニング・グローリー モーニング・グローリー
モーニング・グローリー モーニング・グローリー


マスクをつけた 顔の無い男達が
「大丈夫 安心してください」繰り返す
庭にはしおれて 枯れたモーニング・グローリー
笑い声は聴えない

~間奏~

Only always sweet honey It was made to lick.
(甘い蜜ばかり 舐めさせられた)
ミツバチ達は go to where?(何処へ行けばいい?)
いつの間にか 羽も毒針も抜かれて いたんだ
(Feather and a needle were extracted,Unawares.)

海岸線の 小高い丘の上
青い芝生を 裸足で駆け出そう
海岸線の 小高い丘の上
黒い雨を 避けながら歩いた

そうやって僕たちは 来るのかわからない
美しい朝を
祈るような気持ちで 待っているだけなのさ
明日は 朝顔のように 

そうやって僕たちは 誰かの描いた 
美しい嘘に
騙されたフリをして やり過ごすだけなのさ
嘘は 朝顔のように 

・・・開いたり萎んだり

モーニング・グローリー モーニング・グローリー
モーニング・グローリー モーニング・グローリー
モーニング・グローリー モーニング・グローリー
モーニング・グローリー モーニング・グローリー

↓動画です、良かったら観てね。
https://www.youtube.com/watch?v=m5S0R1l8CJA

モーニング・グローリーの歌詞は、聞いた人がいろいろ想像してくれれば良いのですが、自分は福島の原発のことを書いたつもりです。残念ながら「書いた」という過去形ではなく、現在進行形で状況はあまり変わっていません。

個人的には、あの大地震や津波と、あの原発事故は切り離して考える方が良いと思っています。

福島の人達は自分たちの住む場所を追われ、避難した先で子供たちが虐められ苦しんでる現状がある一方で、
さんざん美味しい思いをしてきた人達は、自分たちは安全な場所に隠れ、誰も責任を取らず、更に食い物にしようと嘘や詭弁を振り回しています。

モーニング・グローリーとは「朝顔」の意味で、朝開いた朝顔が、夜にはしぼみ、また次の朝には何もなかったように開く様が、まるで原発に関わる権力者達みたいに見えたという歌です。

ただ「単純に、原発反対!」とかは言うつもりではありません。なぜなら、原発反対の人達の中にも自己中心的に利用してる、嘘つきが沢山混じってるからです。

嘘つきは、まるで朝顔みたいだねって歌ってるだけですが、聞いた人が何かを感じて貰えれば良いと思って書きました。

ひとつだけ、伝わると良いなと思うのは、大人たちによってもたらされた結果を、一番被ってる被害者は何も出来ない「子供たち」だってことです。

なので、歌詞の中には泣いたり笑ったりしてる子供たちが出てきます。

少しでも笑ってる子供たちが多い、未来にしていきたいものですね。

いや、僕らがするべきですよね。

セッション

2017年03月10日 | 映画・TV
ようやく観た。「ラ・ラ・ランド」の監督「デミアン・セイヤー・チャゼル」の初監督作品(で、いいのかな?)



ドラマーとしては、観なくてはいけない映画だと思いつつ、映画館は行けず、、、
ツタヤのレンタルが準新作から旧作になったら観ようと思っていたのですが・・・ようやく観ました。

つい最近、旧作になったのか? 
行きつけのツタヤの棚の一番下の方にあって、全然気が付きませんでした。

結論から申しますと、凄い期待値が高すぎた為・・・「思った以上」ではなかったです。

107分と短く凝縮されていて、たしかに脚本凄いし、ラストの部分は「凄い!」と思った。
そもそも、監督・脚本が若干30歳そこそこで・・・ってことになると、やはり天才だと思う。

自分は、サディスティックなスパルタ先生は単なる「心の病」としてしか受け取れずに、
可哀想と言うか、同情としてしか見れなかった。

そこまでする理由とか、バックボーンとかがちょっと薄いような気がする。
単に壊れた、クレージーな先生って印象。

・・・かと言って、音楽映画としては全体的に中途半端な感じもしますし、
とにかく「そんな奴、おらんやろ~」と言うか、「痛い、痛い、痛い・・・」
全体に「やりすぎコージー」で楽しめなかった。

一言で言えば・・・「そんな殺生な!・・せっしょうな・・・セッションな・・・」(^_^;)

恐らく、アカデミーとか、なんの前情報なく観れていたら、
それは「とんでもない!凄い映画!」って素直に感動していたかもしれない。

そうなると、「ラ・ラ・ランド」を映画館で観ようかどうか迷っていたけど、
ちょっと足がすくんだ。。。ただ、セッションも映画館で観ていたら
また違った印象だったのかもしれないと思うと、映画館に行くべきかなぁ~とも・・・

ド・ド・ドーしよー。(笑)