ゆきんこブログ

月刊ガソリンスタンド誌
『変化と試練が、人と企業を強くする』
連載中!

昼寝の季節

2010年02月05日 16時30分17秒 | Weblog
私が現在住む高崎は、その昔は「京浜のゴミ捨て場」と呼ばれた業転のメッカでした。
従ってガソリン市況は全国一の過激な競争に晒され、弱小業者の仕切り価格よりも安い看板が上がっていたものです。

腹が立って、元売の県坦に文句を言っても対応してもらえず、
喧嘩したり、勝手払いをしたり、飲ませたり、ゴルフに誘ったり、「特価対応」を頂くために苦労しました。

親父の時代には、県坦ともなれば、田舎へ運転手つきの車できたこともありました。
夏などは父と裏の川で「アユ釣り」していた人さえいたものです。
古き良き時代でした。

昭和35年頃でしょうか、確かにあの頃「ガソリンスタンド」は儲かったようです。

その頃は田舎町に住んでいましたので販売競争はなくて
新たにSSを開業する人は父の所に挨拶に来たものでした。
「まあ組合の協定を守って、頑張ってください・・」なんて平気で言えた時代です。
「判りました、組合の協定を乱すことなく皆さんと仲良く商売させていただきます」
まるで、いまの「相撲協会」の理事会のような事でした。

今なら、大変ですよね。

段々と時代が変わり、今度の担当者はダメだ!
なんて言い出したのがしばらく後ですね、
全国に先駆けて無印ガソリンスタンドが高崎にできて、大騒ぎでした。
古い方ならご存知でしょう、確か「関越石油」とか言いましたね、
毎日石油業界紙を賑わしていたものです。

当時「ツバメ会」という会がありました。
新年会の宴席で某社の社長が「赤字のツバメが左前に飛んでいかぁ~~、」
なんて関東支店長に冗談を言って取っ組み合いの大ゲンカになったこともありました。
そうです、今は亡き「丸善石油」です。

小川ローザが尻をまくって「オ~~猛烈!!」なんて覚えていらっしゃるでしょう。
スタンドの小川ローザの幕が盗まれて、街の入り口の樹に引っ掛けて風になびいていました。
父は宣伝になると喜んでいましたが、
警察の署長が「社長、あれは目につき過ぎて交通事故になるから、是非ともはずしてもらいたい」とお願いに来たものでした。
父は当時交通協会の会長をしていて、そのまま署長と二人で隣町の「ジプシー」というキャバレーへ出掛けて行きました。

何のことはない、夕方来ればいつでも「ノミニケ-ション」

そして第二次オイルショック後は大変でした、あれは昭和54年頃でしょう。
急に儲からなくなりました。

そして、現在自分が「ガソリン屋」から離れてみると、ずいぶん市況の構図が変わったものです。

現在高崎は、一部を除いて128円が主流の看板です。
元売販社と大手広域ディーラーばかりで、あの地域上げての過激な安売り競争は見えません。
東毛といわれる東部地区で市況が乱れているだけのようです。

これから、淘汰が進むと生き残った業者は良い思いができるのでしょうか・・・?

昨夜、徹夜で頑張って、午後に昼寝の時間を頂きました。
まさに、昼間見た「夢」。

黒沢明の映画「夢」のような一瞬を思い出します。

欠陥車問題に思う

2010年02月05日 05時06分00秒 | Weblog
だいぶ前の話ですが、アメリカでラルフネーダーという方が自動車会社の欠陥車問題とその対応を取り上げ大騒ぎになったことがあります。

あれ以来米国の自動車会社の斜陽化が始まったように記憶しています。
クライスラーやGMなどが問題になり、そのことがきっかけとなり、
米国に向けた日本車に対する信頼性が増して輸出が急増し、
日本の自動車産業は経済成長の起爆剤となったわけです。

「トヨタ銀行」とも呼ばれ絶対的優位を誇っていた企業で発生した今回のリコール問題。
世界一ともいわれる企業もこれがきっかけとなって米国の自動車業界のように斜陽化が始まるのか推移が気になるところです。

昨日の日経にはホンダの大幅収益向上とトヨタの欠陥車問題の記事が並んで掲載されていました。

時代背景としてとらえるべき問題ではないとは思いますし、
リコール問題と政治を一緒にするなと叱られそうですが、
米軍基地問題などで迷走する日本の政治に対する米国の不満なのか・・
などと勘ぐってしまいそうな信じられない事態です。

それにしても、プリウスのブレーキ問題はABSに原因があるようですが、
ブレーキの効き具合にトヨタと消費者の感じ方に差がある旨のトヨタの発表。
今迄とは異なる推移のようにも感じます。

一方では
民主党の小沢氏、鳩山氏の政治資金問題。迷走する米軍基地問題。
日本の政治は腐っています。

特に、小沢幹事長の不起訴と幹事長の続投について国民がどのように感じているのか、
憤りを感じているのは私だけではなはずです。