ゆきんこブログ

月刊ガソリンスタンド誌
『変化と試練が、人と企業を強くする』
連載中!

第一次オイルショックの頃  その②

2011年02月28日 04時34分45秒 | Weblog
何故、いま「第一次オイルショック」の事を想い出すのか、これはあくまでも私自身の「直感」でしかありません。
しかし、今になって考えると、日本の石油ビジネスの歴史の中で大変大きな出来事でした。

戦後、手回しでガラスのメジャー付きの容器に一度ガソリンを押し上げてから落差で落とす計量器から始まった日本のガソリンスタンドビジネスの「創成期」。

やがて、モータリゼーションの発達に伴い、
「地下タンク」を敷設して、とにかくガソリンスタンドは作れば売れる「成長期」に入ります。

どんなビジネスにも「成熟期」がありますが、
今になって振り返るとオイルショックの時期とその後の数年間が石油ビジネスの「成熟期」であったようにも思えます。

そして、現在は「淘汰期」を迎えています。さらに「淘汰」の先に何があるのか・・・・
日本全国の全てのSS経営者が模索しています。

よく考えてみると「ガソリンスタンド」をいつの間にかSS(サービスステーション)と呼ぶようになったわけですが、
作れば売れる「成長期」における元売の施策があったように思います。

それが証拠に、一般消費者に「SSは・・・」と云ってもほとんどの方は判りませんね、
報道などでも「SSは・・」という表現は少なくて、『ガソリンスタンド』と呼ばれます。
ですから、「SS」という言葉自体が業界内の用語だと思うわけです。

現在でも、「SS」という言葉に抵抗を持っている老舗企業の会長さんなどもいらっしゃいますが、よく判ります。

「創成期」⇒「成長期」⇒「成熟期」⇒「淘汰期」、

時代の変化のなかで、「ガソリンスタンドビジネス」も大きな過渡期を迎えているわけですが、
過去の推移、現在の状況、そして改めて未来への考察を考えるとき、

過去における「第一次オイルショック」が大きな節目であった事は間違いありません。
「その時」、現場ではどんな事が起きていたのか、

そして、現在の「系列」と、「独立系PB業者の増加」も視野に入れながら、
今後の推移を予測してみましょう。

我々の企業が、単なる石油ソリューション開発ベンダーではない事もご理解いただけるはずです。

第一次オイルショックの頃  その①

2011年02月26日 07時31分51秒 | Weblog
あのころ・・・・、そうです昭和48年の秋口でした。
第一次中東戦争が勃発して第一次オイルショックが始まりました。

当時私は25歳。
車好きの父親が道楽で作った、ド田舎で1店舗だけ運営する零細な「サブ店」の後継者でした。
学生運動で挫折して、田舎に帰り自らラリーチームを編成して熱中していた頃です。
田舎に帰って、つまらなくて、彼女とも判れて、何もすることがなくて、ゴルフとラリーに熱中していたものです。
キャロッセの故加勢裕二、現在WRCでも活躍している大島君などを輩出した『チームやまびこ』を作ったのは私です。

当時、石油ビジネスに青雲の志を持ちつつあった私は販売店会などでは何も知らずに、
元売による「業転流通」批判や系列特約店の販売店対策などについても大胆な発言をおこない、
元売担当者や特約店社長に噛みついて煙たがられていたものです。

現在では独立系COCの旗手であるS君とは、年も同じで父親同士が知り合いでしたから、
当時の販売店会では一緒に強烈な系列批判をしていました。

販売店の事を「サブ」と言われたことに腹を立て、
「誰がサブだ!、俺たちがメインなんだ!!」、「生意気言うな、サラリーマン!」罵声を浴びせて
元売の担当者をぶん殴ってしまい問題にもなったこともありました。

ちょうどその頃、その特約店が倒産しました。
その結果、私は元売所有の800坪の敷地を有する給油所の土地から全ての施設を現金で買い取りました。
その他に直営2か所持ち、サブ店まで委託されて私の石油ビジネス本格スタートしたわけです。

今になって考えれば、
私に注目していた某元売りの役員さんから「生意気な若手」に白羽の矢が立ったというわけでしょう。

チョット、自慢話になりますが、とにかく、販売力は抜群でした。

当時「100㌔SS」と云えばたいしたものでした。
洗車会員を増やし、1店舗で100万円を達成し、洗車機会社が見学者を連れてきたり、
タイヤを1か月750本も販売したり。業界で注目されたものです。

とくに、田舎ですから灯油の外販実績が凄かった。それが今日の「雪ん子」に生きています。

うるさい若手に仕事をさせてみよう」と云う事だったのでしょう。
当時、丸善石油の社員であったアニキ分の福田康夫さんの啓蒙もありました。

そして、零細なサブ店から、一転してサブ店を持つ特約店の社長へ・・
タイミング悪くその年の年末にかけて突然勃発した中東戦争、そしてオイルショックへ・・・
25歳の私にとっては直営店舗(全て自己所有)と傘下の販売店管理は大変な試練でした。
それでも、たった2社だけのサブ店の社長さんの温かい協力を頂いて
「みんなで、頑張ろう」とスタートを切っていた矢先のオイルショックでした。

ところが、突然のオイルショックで
気楽に遊びながら、SS運営していた「ドラ息子」が「玉繰り」に四苦八苦。
とても、ラリーやゴルフどころではありませんでしたね。
ラリーチームのスタッフまでSS店頭で手伝ってくれました。

その後、経営が行き詰ったサブ店の社長も自分の会社で引き取り定年まで仕事をしていただきました。

現在では、石油システムを通じて全国の石油業界の皆様と触れ合っていますが、
今でも、自分は生粋の石油業界人だと自負しています。

特約店と販売店、混乱の時期には「系列」。特に人と人との「心の絆」が問われます。
今の若い方には、判らないかもしれません。
古いと仰るかもしれませんが、ある意味、石油ビジネスは「義理と人情」の世界です。

それでも、最先端の石油流通ソリューションを開発している人間です。

今回のエジプト、リビアの紛争がどのように推移するか気になりますね。

最近では、現場で「あの頃」の事を経験した方も少なくなりました。

それでも、昨日は東北地方で私の武勇伝を知っている方との面談でした。

ここ数日「オイルショック」などと云う言葉がチラホラしています。

少しだけ、私の経験した事を書いてみましょう。

石油ビジネスプロフェッショナル  軽油税申告帳票の「年間差異報告書」

2011年02月23日 20時16分45秒 | Weblog
来月は期末ですから、『特徴業者(特約店企業)』では軽油の年間受払実績の「差異報告書」作成業務が発生しますね。
各施設別の流通欠減数量について、一年間の明細集計の報告書提出が義務付けられています。

最近は企業統合などで運営SS数が増減している元売販社や商社系の特徴業者にとっては、過去のデータを洗い直す必要もあります。
期末は何かと面倒な季節です。

全国的には、SS数が激減しているわけですが、
一部、大手企業では最近企業統合や再編などの動きもあり、
納税担当者は大変な作業を強いられるケースも増えています。

一般的なSS運営を中心とする企業と、卸売や外販データが多い企業のデータ整理などでは
かなり内容も異なりますから作業に時間を要しますし骨が折れます。

「D-TAX」があれば、何の心配もありません。
過去の指定された期間の明細データを流通データベースから抽出し演算から帳票印刷までワンクリックで業務が完了します。

データベースに蓄積された流通管理データを「経営資源」として再活用出来するわけですから、
軽油税申告のためにデータを改めてエクセルなどに入力するような重複作業からも解放されます。

しかも、「税務調査」などの際には、過去のデータからの納税検証作業なども一瞬で終了。

すでに、全国全ての都道府県の所轄納税事務所に対応済みです。

「徴収猶予申告書」の自動作成、免税券処理などをはじめとする煩雑な業務を一気に省力化する事が出来ます。

まさに、プロフェッショナルな石油流通ビジネスをサポートします。



石油ビジネス。 「その先へ・・・」

2011年02月21日 09時19分28秒 | Weblog
今週一週間は全て出張で、都内から北東北、その他各地を飛び廻ります。
今年は企業統合が多いため、各社とも例年よりもシステム構築の計画が早めにスタートしています。

業務改善の見直しなどが増えており、石油流通企業における全社的な業務コストダウンが急速に進んでいます。

基幹業務統合のためのERPシステム構築により複数SSを擁する企業は1店舗当たりのコストを大幅に軽減する事が可能となるので「経営格差」の拡大がさらに進む事が明確化してきました。

今後明確化するであろう減販傾向を見据えながら、
石油流通ビジネスは大きな節目を迎えているわけです。

我々も開発経費が掛りますが、さらに次のステップに向けて努力しなくてはなりません。

直近の採算性だけみたら、負担も大きいわけですが、
「その先・・」を見据えて頑張ります。


プロフェッショナルな石油ビジネス

2011年02月19日 10時11分27秒 | Weblog
特徴業者における軽油税納税管理業務も5000万円/月間を超えると、
手作業ではかなりハードな作業となってきます。

しかし、
2.5%の還付金と1%の欠減補助を合わせると165万円/月間ほどになりますから年間収入としては大きいですね、

中間留分に強い特約店では、還付金収入だけで黒字決算が組めます。
特に、今年は灯油配送販売も好調ですし、パトロール給油などがありますから、
SS運営に偏っている業者よりも経営的には比較的安定しているようです。

やはり、自社タンクや物流機器(ローリー)などの設備を装備している業者は流通に長けています。
ビジネスの流通概念的な部分でも進んでいます。

特に系列外などの流通では、「耳学問」とは現場の実務キャリアが違いますから強いですね。

私も、ここにきて、過去の自社オイルターミナルの運営から物流までの実務キャリアが生きています。
一般SS業者では、ご存じないような知識が今になって評価されているわけです。

なんでも、プロフェッショナルの世界は一味違うものです。

というような、自己満足でもしていなければ、一人で仕事なんてできません。
今日も、頑張っていますが、メガネを忘れて大騒ぎ、
最近、目が悪くなりました。

大胆予測が・・・

2011年02月18日 04時04分51秒 | Weblog
民主党政権が揺らいで、また政変の予兆。
経済情勢も2012年に向けてキナ臭くなってきたようです。

政治と経済がまたまた激変の様相を呈しています。

ちょうど、副島隆彦氏の
「日米、地獄へ道連れ経済」という、怖い題名の本を読んでいるところなのですが、
タイトルが「どん底は2012年!」、凄い副題です。

最初は単に大胆な予測だと思いながら読み進んでいたのですが、
どうも、現実の動きとも思えるようになってきました。

本のなかには
JA債や農林中金債に関する情報があり、かつて農林中金が「国際分散投資」の標語に躍り、
現在でも抱えている外債(デリバティブ)の膨大な金額が記載されています。
「運命の日は刻一刻と近づいている。首筋を冷たいものがそっとながれる・・・・・」
以下省略

先日のNHK「クローズアップ現代」の中でも報じられていたように
全国各地の過疎市町村などでJA・SSの閉鎖が頻発しており社会問題化しています。
特に、田舎の過疎地などでは石油製品は農耕用とホームヒーティングでまさにライフラインであると思いますが、
地域住民の要望などとは関係なく、一方的な閉鎖が多いようです。

こんな時代ですから、本来なら一般業者が閉鎖してもJA・SSが地域組合員に対する安定供給を・、
とも云うべき社会性を持つべきとも思うのですが、
採算重視で最初に尻をまくっている現実を見ると
JA・SSそのものの経営姿勢に対して疑問を持ちます。

その昔、全国各地で組合員に対するサービスの大義名分のもとJA・SSを建設し、
「員外販売はしない」という名目のもと一般業者との軋轢を起こしていた頃、
私は田舎で地区の石油組合員とJAの間に立って苦労したものです。

副島氏の説が正確だとしたら、
今後のJA・SSの動きにも注目ですね、

ところで、
鳩山元総理の「方便」発言、民主党一部議員の反乱などで、政界もキナ臭いですね、
管総理の3月辞任説を、既にテレビタックルで堂々と予測する方までもいらっしゃいます。
「予測がはずれたら、頭を丸める」とまで言っています。
どうなる事やら・・・・

エジプト革命も周辺諸国に飛び火して、中東情勢も動いています。

副島氏は2012年が『どん底』と予測しています。
キナ臭い、時代になりそうです。

日米 地獄へ道連れ経済 「どん底」は2012年   著者 副島隆彦
発行 祥伝社 定価1600円+税

ソリューションが石油ビジネスを根底から変える時代。

2011年02月17日 09時16分48秒 | Weblog
今日まで三日間は都内での構築。
明日は、青森県弘前で構築と運用説明。
そして、月曜日からは、九州、長崎で構築作業。

スタッフにとってはかなりハードスケジュールな日本列島を縦断しての活動がスタートしています。

その他、問い合わせに対応するためのプレゼンテーション活動のスケジュール調整。

全国の石油業界で進む統廃合や業務改善のための具体的なシステム見直しが急速に進行中。
石油ビジネスも新たな時代の火蓋が切って落とされたという感じです。

SS数が減少する反面現象として、逆に販売数量増加や業容拡大に動き出した中堅以上の企業が増えており、
地域有力業者にとっては、ビジネスチャンスともいえる状況が発生しているようです。

業務改善により企業としての運営オペレーションを見直しすことで、
総体的なコストダウンを実現し企業としての競争力を高める方向で勝ち残る。
今迄、元売販社などの統合で駆使されてきた経営手法が、
次世代エネルギーにむけて地方有力ディラーでもフィードバックされ生かされています。

より現実的、具体的な手法で、即効性のある経営効果を目指します。

まさに、ビジネスソリューションが時代を変える時代となってきました。

まずは、 森をよく見てから、樹を見る。

2011年02月16日 09時19分36秒 | Weblog
「樹を見て森を見ず」

と云う諺があります。

現在の石油ビジネスにとっては含蓄のある言葉だと思います。
目先の「業転相場」や「市況」のみに視点が集中していると、激しい変化の中で経営の大局を見失う恐れがあります。

まずは、激変するエネルギービジネスの経営環境の大きな流れを見据えながら、
次に、細かい事にも気配りしなければ企業として経営の根幹が揺るぎます。

「利は元にあり」という諺もありますから、確かに仕入調達価格の情報取得は大切です。
系列玉と業転玉の格差は存在していますが、
現在の石油流通ビジネス環境は「仕入価格差」だけで「経営格差」が生まれるような時代ではなくなりました。

PB系業者などでは、流通市況情報に関する取得方法が限られていますから、
何らかのカタチで業転仕入価格に関する市況情報をスピーディーに、正確に取得する方法を模索しなくてはなりません。
その為に、時間や労力や経費などまで費やしている業者も多いわけですが、
その作業に要するコストや時間が「ブランド料」のようなものなのです。

まずは、石油流通ビジネスという「大きな森」を客観的に眺め、
次に、一本、一本の「樹」を手入れしていくような、経営の視点が正しいように思います。

鷹揚過ぎると言われる方がいるかもしれません。
しかし、石油エネルギーを中心とする大きな流れがあるわけですから、

一度だけ、従来の「ガソリンスタンド」というビジネスの器を外から客観的に眺めてみてはどうでしよう。

それぞれの経営者が自らの経営ポジション、地域性と立地、ビジネスとしての資金運用効率、将来性、などなど
一番見落としてしまいそうなのが、現状の「経営管理コスト」だと思います。

一定規模が確保できれば、
全社的な業務運営オペレーションを見直すだけで、確実に採算性が確保できる企業が非常に多いのです。

私は、その現実を多く見てきました。

もちろん、その逆も正なりで、
「樹を見て、森を見ない」経営者の多くが淘汰されていく現実をもっと多く見てきたわけです。

毎日、元気で、時節到来

2011年02月15日 09時20分35秒 | Weblog
大手企業の統廃合が進むにつれて、「軽油税納税申告」に関する問い合わせが増えてきました。
最近は、SSを100箇所以上運営しているような企業が増えています。

しかし、対応すべき業態は多様化しており中間卸売業者などの系列外流通への対応も急増中です。
最近では独立系の石油流通企業も完全にその地位を確立したと言えるようです。

先日のNHKの「クローズアップ現代」を御覧になった方も多いと思われます。
放映の企画立案に先立ち、私もNHKの担当者の方から連絡を頂き、
「SS過疎地問題」について意見を求められました。

また、某外資系のコンサルティング企業からの業務依頼で、
日本の石油リテールマーケットに関する現況分析なども手掛けています。
最近は淘汰される側のSS数だけでこの業界を分析する事はできないと思っています。

実際のところ、
石油製品の販売数量はSS数の減少に正比例して落ちているわけではありませんので、
それぞれの地域の有力企業は売り上げを伸ばしているところも多いわけです。
まさに「残存者収益」を享受できる時代が到来しつつあるとも言えそうです。

特に、今年の「灯油」については、
「雪ん子」の使用ユーザー様では、
150%以上の売り上げを記録している企業が多数あります。
20%~30%程度の売上増加は普通です。

ガソリン100㌔と「配送灯油」の100㌔では収益内容が大幅に異なります。
資金効率を考慮するとさらに、大きな「格差」を生むことになりますから、
まさにリテールビジネスの命運を決する商材であるとも言えます。

何もしないで、今迄の流れで灯油を販売していたら、それほど大きな変化はないかもしれません。
しかし、九州各地でも
灯油配達の注文が多すぎて、対応が出来ないほど殺到している企業があるわけです。
東北、北陸、全国を見渡すと今シーズンは非常に順調なビジネスの流れが出来ています。


これまで、開発、開発に明け暮れてきた我々の作業もようやく一段落、
膨大な開発経費と費やした時間を考えると気が遠くなりますが、
これからは、いよいよ本格営業に邁進出来そうです。

今年も、「雪ん子」でなんとか黒字決算が組めます。
嬉しい、一言が我々を勇気付けてくれます。

気軽に声をかけてください。

思へば、この世は常の住み家にあらず

2011年02月14日 14時32分21秒 | Weblog
3連チャンの休み明けで、頭のインターバルが必要なのは年齢のせいでしょうか・・・

二日間は雪が降ってコタツで寝たり、読書三昧。
それでも三日目にはゴルフ場の雪も解けて、プレーしてきました。

最近は、昔の友達や石油ビジネス時代の仲間からのメールや連絡が増えています。

私のように一度、世の中から沈んだと思われた人間が
「ゾンビ」のように甦って仕事をしているわけですから興味がわくはずです。

ほとんどの仲間が自分のビジネスについて、そして今後の方向性について迷っているのが判ります。
特に、奥さんと二人でSS運営しているような零細業者にとってタンク設備への再投資は辛いモノがあるようです。

別にSSに限らず、事業継承に関する悩みなども多いですね。

具体的に事業転換などを考えている方も多いのですが、
現在、「借金がなければ・・」と云う前提が付くと解決策は難しいのも現実です。

どこにも、どんな業界にも存在します。
親から継承した資産と商売にあぐらをかいて、現状に埋没しながら「茹で蛙」のようにゆっくりと衰退していく人間が・
団塊の世代が、地方都市で親の経営資源をもとに家業を継いだ人間などに多いケースです。
過去には良い時期もありましたが、時代の流れの中で取り残されてしまったようです。

人生、『楽は苦の種、苦は楽の種』、『山高ければ、谷深し』とも云います。

還暦を過ぎて判った事ですが
人生は、とにかく動けるときにアクションを起こす事が大切だと思います。
私の経験では、50歳くらいまででしたら、体力、気力ともに頑張れる時期だと思うわけです。
あとは、個人の気持ちの持ち方次第です。

誰でも、『人生でやり残したことがある』と感ずるのが、還暦の頃だと思いますが、
その頃から、具体的なアクションを起こすのは、現実的にはかなり難しい事だと思います。

誰でも、突き当たる人生ドラマの最終章に満足し、幸せに生きられるか。

人間、ここまで生きてきて、
「明日死ぬ」と宣告されても、ジタバタしないで笑っていられるように
毎日、全力で考え、行動してみると、その時点の苦しみなどは小さなものなのですよ、
それが判れば、戦国武将のように思い切った行動が出来るというものです。

思へば、この世は常の住み家にあらず
草葉に置く白露 水に宿る月よりなほあやし
金谷に花を詠じ、栄花は先立って無常の風に誘わるる
南楼の月を弄ぶ輩も、月に先立って有為の雲にかくれけり

人間五十年、
化天のうちを比ぶれば、夢幻のごとくなり
ひとたび生を享け、滅せぬもののあるべきか
これを菩提の種と思い定めざらんは、悔しかりき次第ぞ


「敦盛(幸若舞)」の一節です。
織田信長が、「本能寺の変」で死に臨んでに詠ったと云われますが、
先週の大河ドラマ「江」でもありましたね、

私自身、63歳にして
仕事を通して、「生きがいのある人生」を持てた事は非常に幸せなことだと感じています。
自分の人生がまるで、ドラマのように思えてきます。

自分で、やりたい仕事を通じて、色々な方とめぐり会いながら人生を学んできました。

「生き甲斐」のない人生は、本当につまらないモノだと思います。

人生なんて、はかないものです。
今後の短い時間を思い切って、生き抜いてみましょうよ。