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本好き人の365日

五月の本棚 3 『ゲド戦記外伝』

2005-05-29 21:44:00 | ゲド戦記

名前って、不思議だと思いません?

大勢の中から、あなただけを振り向かせることのできる言葉。
たくさんある言葉の中でも、あなただけに意味のある組み合わせ。

名字で呼ばれるよりも、名前で呼ばれたほうがドキッとしませんか?
それが好きな人ならなおさら☆
ちょっと嫌な人なら「なんであなたが名前で呼ぶ!?」と激怒!

それは、体みたいに、もう自分自身の一部。

もし、そんな名前の力を利用して、その人自身を操れるとしたら?
あなたを振り向かせる「言葉」を、「魔法」と言い替えてみたら?

実際、昔から呪詛や呪いのたぐいには、名前が重要な役割を果たしてきました。
そのために、西洋では王侯貴族が長ったらしい名前を付けるようになったとか。
日本でも呪いのワラ人形なんかがいい例ですね。

何年か前には、うちの近所の神社でもワラ人形が見つかったし。
(近所のおじさんの名前が書いてあった!)

さて、今回は、そんな名前の力を扱ったファンタジー小説。

アーシュラ・K・ル=グウィンの『ゲド戦記外伝』をご紹介します☆

この世界に存在するあらゆる物には、隠された「真の名」がある。
それを知っていれば、その本質を正しく知ることができ、その気になればそれを操ることができる。

航海では風を操り、農場では羊を集め、時に人の心さえも自在に操る。
これがこのアースシー世界の魔術の基本☆

人々も、ある年齢に達すると、魔女や魔法使いに頼んで、自分の「真の名」を教えてもらいます。

それはその人の胸の奥にしまい込まれ、本当に信頼する人にしか明かされません。
中には、妻の本当の名前を知らないなんてことも♪

本編の「ゲド戦記」は、

一巻 『影との戦い』
二巻 『こわれた腕環』
三巻 『さいはての島へ』
四巻 『帰還』
五巻 『アースシーの風』

という構成になっています。

主人公ハイタカ(真の名を「ゲド」)が、ローク島の魔術学院で学ぶうち、傲慢ゆえに呼び出してしまう名を持たぬ自分の分身「影」。

長い間、ふたつに分かれたままだった平和の象徴「エレス・アクベの腕環」をひとつにすべく、名なき者たちの支配する墓所に入り込んだゲドが出会う少女、アルハことアチュアンの巫女テナー。

やがてロークの大賢人となるゲド。
アースシーに忍びよる災いの兆しに、若き王子アレンと共に、竜の道にむかう彼が出会う、人間の欲望と、偉大な竜。
そして、生と死をへだてる石垣…

アースシーを治めるハブナーの玉座に、八百年ぶりに新しい王が坐り、故郷のゴント島に力を使い果たしてたどり着いたゲドを迎えてくれた、いまや主婦となり、母となったかつてのアチュアンの巫女、テナー。
そして、火の中に投げ入れられた哀れな子供テハヌー。

しだいに変貌する世界で、竜が再び内海に現れ、魔術の根源、人間と竜の関係がひも解かれ、テハヌーの前に新たな世界が開け、古き時代が終わりを告げる。
死さえへだてることのできない愛。
信頼と、長い年月が育む成熟した愛。
そして、新しく芽生える若々しくもかたくなな愛。

様々な冒険の末、ゲドの物語は、第五巻『アースシーの風』で幕を閉じます

人間の欲望と希望。
死への恐怖や心の弱さ、それに立ち向かう人の強さ。
荒れ狂う多島海(アーキペラゴ)の波のように、ファンタジーの世界を借りて展開する、波乱と冒険の物語は、各巻ごとに様々な魅力を見せてくれて、ついつい引き込まれてしまう☆

今回の『ゲド戦記外伝』は、四巻と五巻の間に出版され(日本では五巻の後)、ローク島の魔術学院がどうやって作られたか、ゲドの師匠オジオンがゴント島を地震からいかに救ったか、そして四巻と五巻をつなぐ重要な物語、女人禁制の魔術学院に入り込んだ不思議な力を持つ女性の話など、本編を補って余りあるほどの物語の数々が収録されています♪

ル=グウィンの魅力は、ゲドのしぶさもさることながら、登場する女性達の生き方!

魔法の力を持ちながら、正式な魔法使いになれない魔女と呼ばれる女達。

神に仕える巫女として、人格さえも認められず、生き方さえ選べない少女。

もちろん「真の名」に代表される、この世界独特の魔法や、かつて人間と同じ種族だったと言われる竜の存在。美しい海と、語りかけてくるローク島のまぼろしの森など、自然や生活に根付いた描写もこの物語の魅力♪

大きな戦乱や、派手な戦いはないものの、読み終わったあとで、何かが心の中で燃えているような気がする、そんな物語☆

私達も、知らず知らずのうちに、力のある言葉を使っている時があります。

それは、時に人を傷つけたり、自分自身をさいなむ時もあるけれど、人の心に明りを灯し、温かい感情で満たしてくれる時もあるはず。

大切な人を名前で呼ぶ時、そこにどんな思いを込めますか?

その言葉は、相手の心に届いていますか?

自分の心から出た言葉でないと、相手の心には通じません。
それは、「真の名」が、教わるのではなく、自然に口をついて出てくるのと同じ。

もし、相手の心と触れ合えたのなら、そんな時、あなたは魔法を使っているのかも知れませんよ☆






アーシュラ・K・ル=グウィン  著
清水 真砂子  訳
岩波書店





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