小さい頃、近所に養蚕をしている家が一軒だけ残っていました。
蛾の幼虫を育てて、そのまゆから生糸をとるんです。
幼虫が入ったままのまゆをグツグツと煮て、糸口を取り出し、丁寧に巻き取っていく。
工場の窓や出入り口は、蒸気とその熱気を逃がすためにいつも開けっ放しで、小学生の私たちは、通学途中によくその中をのぞき込んでいました。
そうしてまゆからとった糸が、私たちが絹、シルクと呼んでいるものになるわけです。
広がる桑畑。
工場から少し離れたところにある大きな屋敷の離れには、たくさんの蚕(かいこ)が飼われている部屋があって、戦争中は近衛兵だったという気さくなおじいさんの案内で、その様子をのぞいたこともあります。
このおじいさんがちょっと変わった人でした。
屋根裏部屋を改造して、昔の古い道具類を集め、自前で資料館を開いていたんです。
普通の民家なのに、ちゃんと入館料の案内板まであるんですよ☆
ま、払っている人なんて一度も見たことないんですけどね。
子供たちに見せるのが好きで、小学生の私たちも変わったもの(ひょうたんへちまとか♪)がもらえるので、仕方なく付き合ってあげていました(笑)
私が高校生になる頃には息子さんの代に替わって、自分の家では養蚕をしなくなってしまい、とうとう近所から桑畑は消えてしまいましたが。
さて、今回ご紹介する本、梨木香歩さんの『からくさからくり』には、糸や織物、草木染めやキリム(遊牧民が羊やヤギの毛を染めて作る織物)などが登場します。
もちろん「りかさん」も♪
小学生の時、祖母から譲られた黒髪の市松人形「りかさん」。
祖母が残してくれた古い家を女学生に貸すことになった時、誰よりもその家に愛着を持つ孫娘の蓉子(ようこ)は、両親に一つの条件を出します。
自分も下宿人としてあの家に置いてくれること。
草木染めの勉強をしている蓉子。
美大で織物の図案を研究したり、作品を作っている佐伯与希子と内山紀久。
そして、蓉子の知り合いで、アメリカから鍼灸の勉強に来ているマーガレット。
この4人が古い民家に下宿することになり、「りかさん」を加えた、ちょっとおかしな共同生活が始まります。
「りかさん」の存在に最初はとまどう同居人たち。
特に物事をハッキリさせたいマーガレットは困惑気味。
お互いの違いを違いとして受け止めながら、共に寝起きし、食事を作る。
時に相手の感情の嵐が静まるのを息をひそめて待ったり、網戸を買うお金を貯めるために庭の雑草を食べてみたり、大きな蜘蛛の巣の美しさにみんなで驚嘆したりと、古い家での生活はしだいに4人の心をつなぎ合わせていきます。
機織り機を持ち込み、ギッタンバッタンとリズミカルな音の響く中、桜や柏、桂の枝を煮出して、糸を染める色を紡ぎ出していく…
草木染めって今回初めて詳しくその方法を知ったんですが、意外と家庭でも出来そうな感じでした。
なにより、草木の生きた証を色として結実されていく工程が魅力的で、媒染液(ばいせんえき)によっても色が変わるし、同じ木でも季節によって出る色が違うと知って、本当に木って生きているんだなぁと実感しました。
作者は草木染めを人間のそれぞれの人生に照らし合わせ、その時々の色によって染められていく一生という織物を読者に見せようとしたのかも知れません。
からくさ模様は永遠に連続する生命の流れ。
様々な思いをからめとり、東と西、男と女、生と死を紡ぎながら一枚の布、一つの世界を織り成していく…
迫害され、国を奪われたクルドの人々。
古い家に縛り付けられ、しかし、その家と共に生きる女たち。
能面に込められた思いと、二つの人形。
妊娠騒ぎに、燃える炎の中で嬉しそうに飛び立っていく「りかさん」の姿。
前回紹介した『りかさん』の中の主人公、ようこが成長した姿で登場するこの物語。
「りかさん」の出生の秘密や、その生い立ちが明かされるだけでなく、それ以上に人間について、人と人のつながりについて、強く考えさせられる内容です。
決して押し付けるのではなく、たんたんと語られる、自分の中に悲しみも苦しみも抱えた人々の物語が、読書後、自然と胸の中に清々しさを与えてくれます。
たくさん素敵な要素が織り込められているので、ちょっと贅沢すぎるかなと思う程。
いい本読んだなぁ~と正直思いました♪
最近、自分の周りの自然をゆっくり見たことありますか?
大切なのは、その”気配”を感じることです。
この本を読むと、そんな感覚にもっと敏感になりたい、そんな気持にさせてくれますよ☆
梨木 果歩 著
新潮文庫
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