私的図書館

本好き人の365日

一月の本棚 2 『カンガルー日和』

2008-01-28 23:59:00 | 本と日常
「もう一度十八に戻りたいと思ったことはありますか?」

村上春樹の『32歳のデイトリッパー』という短編の中で(「デイトリッパー」というのはビートルズの1965年の曲)、18に戻った男が32歳の女性に訊く。(実際は彼が32歳で18の女の子に訊かれるのだ)

「そうねえ」

彼女はニッコリ笑ってちょっと考える”ふり”をしてから「ないわ。たぶんね」と答える。

男は実際に18の女の子に訊かれた疑問を、自分の空想の中の32歳の女性に尋ねる。

「若いというのは素晴らしいことだってみんな言いますよ」
「そうよ、素晴らしいことよ」

ではなぜ戻りたくないの?(実際18の女の子も同じことを訊く)

32歳の女性は(そしてそれは32歳の男の空想の女性なのだけれど)、こう答える。

「あなたも年を取ればわかるわよ」



村上春樹の文章が好きです。
私の好みは短編の方。

特に会話の妙☆
なんとも言えない微妙な空気感覚。

「君は齢をとらないんだね?」

「だって私は形而上学的な女の子なんだもの」

『1963/1982年のイパネマの娘』という短編の中で(「イパネマの娘」は1963年に英語の歌詞でカバーされヒットした曲)、日焼けしたイパネマ娘が答える。

彼女は形而上学的なイパネマ海岸の砂浜を今も歩き続けていて、レコードの最後の一枚が擦り切れるまで歩き続けているのだ。

日常の中から少しスライドして、ちょっと重なった様々な空間。

図書館の地下には羊男が住んでいるし(『図書館奇譚』)、午後の一時には”あしか”が名刺を持って訪ねてくる。(『あしか祭り』)

タクシーに乗れば運転手は自分は吸血鬼だというし(『タクシーに乗った吸血鬼』)、老舗のお菓子メーカーでは変なカラスが味見をしている。(『とんがり焼の盛衰』)

結婚したばかりの若い夫婦にはお金がなくて、格安で借りられた一軒家は二つの線路に囲まれた三角地帯。
それはまるでチーズケーキのよう…
電車がひっきりなしに走るその家を見て友人が一言。

「本当にこんなところに人が住むんだなあ」(『チーズケーキのような形をした僕の貧乏』)

すきま風が入るのでとっても寒く、二人は猫と一緒に布団にもぐりこんで文字通り抱き合って眠る☆(私はこの短編が一番好きです♪)

そして、自分にとって100%の女の子に偶然出会ってしまった時に話しかけるセリフを考えている男、それは「昔々」で始まり、「悲しい話だと思いませんか」で終るセリフ。(『4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて』)

100パーセントの女の子っていうのが決して綺麗でもなければ、素敵な服を着ているわけでもなくて、でも五十メートル先からでも、ちゃんと100パーセントの女の子だとわかるところがいい♪

さて、ではカンガルーを見に行くのにピッタリの「カンガルー日和」っていったいどんな日?

私がもし、32歳の男のように、十八歳に戻りたいかと訊かれたら、やっぱりこう答えるでしょうね。(ニッコリ笑って☆)

「いいや」

若いってのは素晴らしい。確かに。
でも、一度でじゅうぶん♪

「あなたも年を取ればわかるわよ」

なんて言えるかな?
そんなことの言える年の取り方をしたいものです☆

今回は村上春樹さんの18の短編が収められた*(キラキラ)*『カンガルー日和』*(キラキラ)*をご紹介しました☆

ちょっと時間の空いた電車の中で、もしくは喫茶店で誰かを待っているほんのわずかな間にでも、素敵で不思議なこんなお話はいかがでしょうか?

でもご用心。

もし羊男が現れたら、あなたにその本を暗記するよう要求するかも知れません。

なぜかって?

それは読んでのお楽しみ☆









村上 春樹  著
佐々木 マキ  絵
講談社文庫





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