09.10/3 519回
三十六帖【柏木(かしわぎ)の巻】 その(1)
源氏(大臣、六条院) 48歳正月~秋まで
紫の上 40歳
夕霧(大将の君) 27歳
明石の女御(源氏と明石の御方の姫君) 20歳
女三宮(宮、尼宮、二品尼)22~23歳(出家)
薫誕生(源氏と女三宮との若宮。実は柏木と女三宮の御子)
朱雀院(女三宮の父宮、山の帝) 51歳
柏木(衛門の督、故殿) 32~33歳(逝去)
致仕大臣(柏木の父君)
落葉宮(柏木の正妻。二条の君、女二宮)
一条御息所(落葉宮の母宮、母御息所)
玉鬘(柏木の姉君) 34歳
「衛門の督の君、かくのみなやみわたり給ふこと、なほおこたらで、年もかへりぬ」
――衛門の督の君(柏木)が、こうして長患いの癒えないままに、新年になりました。――
柏木のお心では、
「大臣北の方、思し歎くさまを見奉るに、強ひてかけはなれなむ命かひなく、罪重かるべきことを思ふ心は心として、またあながちに、この世に離れ難く、惜しみとどめまほしき身かは」
――父君の致仕大臣や母北の方の尋常ではないお嘆きを拝見しますと、強いて捨てようと思う命の甲斐もなく、親に先立つ罪は重かろうとは考えますが、その心は心として、無理にこの世に執着して生きていたい身ではないのだ――
とも思い、
「いはけなかりし程より、思ふ心ことにて、何ごとをも、人に今一きはまさらむと、公私のことにふれて、斜めならず思ひのぼりしかど、その心かなひ難かりけりと、一つ二つの節ごとに、身を思ひ貶してしこなた、なべての世の中すさまじう思ひなりて、(……)」
――私は幼少の頃から野心があって、何ごとにでも人並み以上になりたいと公私につけ並外れて望みがたかかったのですか、その理想は達し難いものだと、一二の失敗の度に自分の無力を悟って以来、生きていることすべてが面白くなくなって(両親のお嘆きを察しては出家もできず、何やかやと自分をごまかして過ごしてきてしまいました)――
そして、
「つひになほ世に立ちまふべくも覚えぬ物思いの、一方ならず身に添ひたるは、われより外に誰かはつらき、心づからもてそこなひつるにこそあめれ、と思ふに、うらむべき人もなし」
――結局世間に交じって行けそうもない煩悶があれこれと生じてしまったのは、自分以外に恨む人もない自業自得ということなのだ――
だから、
「かく人にもすこしうち忍ばれぬべき程にて、なげのあはれをもかけ給ふ人あらむをこそは、一つおもひに燃えぬるしるしにはせめ」
――女三宮にも少しは思い出して頂けそうなうちに死んで、ちょっとした同情でもかけていただくならば、それを一途の恋に身を焦がした思い出にこそしよう――
◆あながちに=強ち=むりやりなさま。強いて。
◆心づから=自分の心のなすがままに。
◆もてそこなひつる=以て損なひつる=自身を傷つけてしまった。
◆なげのあはれ=無げのあはれ=うわべだけの愛情。一時的な同情。
ではまた。
三十六帖【柏木(かしわぎ)の巻】 その(1)
源氏(大臣、六条院) 48歳正月~秋まで
紫の上 40歳
夕霧(大将の君) 27歳
明石の女御(源氏と明石の御方の姫君) 20歳
女三宮(宮、尼宮、二品尼)22~23歳(出家)
薫誕生(源氏と女三宮との若宮。実は柏木と女三宮の御子)
朱雀院(女三宮の父宮、山の帝) 51歳
柏木(衛門の督、故殿) 32~33歳(逝去)
致仕大臣(柏木の父君)
落葉宮(柏木の正妻。二条の君、女二宮)
一条御息所(落葉宮の母宮、母御息所)
玉鬘(柏木の姉君) 34歳
「衛門の督の君、かくのみなやみわたり給ふこと、なほおこたらで、年もかへりぬ」
――衛門の督の君(柏木)が、こうして長患いの癒えないままに、新年になりました。――
柏木のお心では、
「大臣北の方、思し歎くさまを見奉るに、強ひてかけはなれなむ命かひなく、罪重かるべきことを思ふ心は心として、またあながちに、この世に離れ難く、惜しみとどめまほしき身かは」
――父君の致仕大臣や母北の方の尋常ではないお嘆きを拝見しますと、強いて捨てようと思う命の甲斐もなく、親に先立つ罪は重かろうとは考えますが、その心は心として、無理にこの世に執着して生きていたい身ではないのだ――
とも思い、
「いはけなかりし程より、思ふ心ことにて、何ごとをも、人に今一きはまさらむと、公私のことにふれて、斜めならず思ひのぼりしかど、その心かなひ難かりけりと、一つ二つの節ごとに、身を思ひ貶してしこなた、なべての世の中すさまじう思ひなりて、(……)」
――私は幼少の頃から野心があって、何ごとにでも人並み以上になりたいと公私につけ並外れて望みがたかかったのですか、その理想は達し難いものだと、一二の失敗の度に自分の無力を悟って以来、生きていることすべてが面白くなくなって(両親のお嘆きを察しては出家もできず、何やかやと自分をごまかして過ごしてきてしまいました)――
そして、
「つひになほ世に立ちまふべくも覚えぬ物思いの、一方ならず身に添ひたるは、われより外に誰かはつらき、心づからもてそこなひつるにこそあめれ、と思ふに、うらむべき人もなし」
――結局世間に交じって行けそうもない煩悶があれこれと生じてしまったのは、自分以外に恨む人もない自業自得ということなのだ――
だから、
「かく人にもすこしうち忍ばれぬべき程にて、なげのあはれをもかけ給ふ人あらむをこそは、一つおもひに燃えぬるしるしにはせめ」
――女三宮にも少しは思い出して頂けそうなうちに死んで、ちょっとした同情でもかけていただくならば、それを一途の恋に身を焦がした思い出にこそしよう――
◆あながちに=強ち=むりやりなさま。強いて。
◆心づから=自分の心のなすがままに。
◆もてそこなひつる=以て損なひつる=自身を傷つけてしまった。
◆なげのあはれ=無げのあはれ=うわべだけの愛情。一時的な同情。
ではまた。