09.10/6 522回
三十六帖【柏木(かしわぎ)の巻】 その(4)
御修法、読経など、実に恐ろしいほど仰々しく騒ぎ立てて、父上の大臣は人の評判を聞いてはあれこれと徳の高い修験者を呼び寄せていらっしゃる。深山に籠っている者どもを、柏木の弟君たちを使わせては尋ね召しますので、人相の悪い山伏なども多く集まってきます。
「わづらひ給ふさまの、そこはかとなく、物を心細く思ひて、音をのみ、ときどき泣き給ふ。(……)この聖も、長高やかに、まぶしつべたましくて、荒らかにおどろおどろしく陀羅尼読むを、」
――(柏木の)ご容態は、どこがどう苦しいというのでもなく、何となく心細く思われるご様子で、時々はお泣きになる声がきこえます。(陰陽師の大方は、女の怨霊の仕業だと占うものの、一向に物の怪が出てくる気配もありません。大臣はほとほと困り果てて、このように山奥まで修験者をお探しになり)、この葛城山の聖も、背丈が高く目つきが険しくて、荒々しくも恐ろしげな声で陀羅尼を読みつづけますので、――
柏木は、
「いであな憎くや。罪の深き身にやあらむ、陀羅尼の声高きは、いと気恐ろしくて、いよいよ死ぬべくこそ覚ゆれ」
――ああ、厭な声だ。罪障の深いせいだろうか、陀羅尼の声が高いとひどく恐ろしくて、いよいよ死んでしまいそうな気がする――
と、そっと床を滑り出て、あの小侍従とお話になります。
父大臣は、そうとも知らず、侍女たちが「お寝みになっています」と申し上げるのを信じて、忍びやかにこの聖に柏木の患い始めた頃から何となく重病になられたことなどをお話になって、
「まことにこの物の怪あらはるべう、念じ給へ」
――何とかして、あれに憑いている物の怪が現れるように祈り続けてください――
と、細々と話していらっしゃるのも、まことにお痛わしい。
◆まぶしつべたましくて=まぶし(目つき)、つべたましくて(冷たまし)=目つきが恐ろしげで薄気味悪い
◆陀羅尼=陀羅尼経(だらにきょう)=梵語の音訳。善法を保ち、悪法をさえぎるの意。梵語で唱える長文の呪文。漢訳しないで原語のまま読み上げる。
ではまた。
三十六帖【柏木(かしわぎ)の巻】 その(4)
御修法、読経など、実に恐ろしいほど仰々しく騒ぎ立てて、父上の大臣は人の評判を聞いてはあれこれと徳の高い修験者を呼び寄せていらっしゃる。深山に籠っている者どもを、柏木の弟君たちを使わせては尋ね召しますので、人相の悪い山伏なども多く集まってきます。
「わづらひ給ふさまの、そこはかとなく、物を心細く思ひて、音をのみ、ときどき泣き給ふ。(……)この聖も、長高やかに、まぶしつべたましくて、荒らかにおどろおどろしく陀羅尼読むを、」
――(柏木の)ご容態は、どこがどう苦しいというのでもなく、何となく心細く思われるご様子で、時々はお泣きになる声がきこえます。(陰陽師の大方は、女の怨霊の仕業だと占うものの、一向に物の怪が出てくる気配もありません。大臣はほとほと困り果てて、このように山奥まで修験者をお探しになり)、この葛城山の聖も、背丈が高く目つきが険しくて、荒々しくも恐ろしげな声で陀羅尼を読みつづけますので、――
柏木は、
「いであな憎くや。罪の深き身にやあらむ、陀羅尼の声高きは、いと気恐ろしくて、いよいよ死ぬべくこそ覚ゆれ」
――ああ、厭な声だ。罪障の深いせいだろうか、陀羅尼の声が高いとひどく恐ろしくて、いよいよ死んでしまいそうな気がする――
と、そっと床を滑り出て、あの小侍従とお話になります。
父大臣は、そうとも知らず、侍女たちが「お寝みになっています」と申し上げるのを信じて、忍びやかにこの聖に柏木の患い始めた頃から何となく重病になられたことなどをお話になって、
「まことにこの物の怪あらはるべう、念じ給へ」
――何とかして、あれに憑いている物の怪が現れるように祈り続けてください――
と、細々と話していらっしゃるのも、まことにお痛わしい。
◆まぶしつべたましくて=まぶし(目つき)、つべたましくて(冷たまし)=目つきが恐ろしげで薄気味悪い
◆陀羅尼=陀羅尼経(だらにきょう)=梵語の音訳。善法を保ち、悪法をさえぎるの意。梵語で唱える長文の呪文。漢訳しないで原語のまま読み上げる。
ではまた。