永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(541)

2009年10月25日 | Weblog
09.10/25   541回

三十六帖【柏木(かしわぎ)の巻】 その(23)

 尼宮(女三宮)は、

「おほけなき心もうたてのみおぼされて、世に長かれとしも思さざりしを、かくなむと聞き給ふは、さすがにいとあはれなりかし。若君の御事を、さぞと思ひたりしも、げにかかるべき契りにてや、思の外に心憂き事もありけむ、とおぼし寄るに、さまざまもの心細うて、うち泣かれ給ひぬ」
――(柏木の)怪しからぬ心が厭でしたので、柏木に長生きして欲しいとも思っておられませんでしたが、亡くなったとお聞きになっては、やはり可哀そうだとお胸が痛むのでした。若君(薫)のことを、ご自分の子だと思い込んでいましたのも、こうなるべき前世の約束であって、あのような辛いことがあったのかと思い寄っては、何かと心細く泣き萎れていらっしゃる――

やがて三月になりました。

「空の気色もものうららかにて、この君五十日の程になり給ひて、いと白ううつくしう、程よりはおよずけて、物語などし給ふ」
――空の気色もうららかで、この若君(薫)も五十日ほどにおなりになり、まことに色白で美しく、成長が早くて何か言いなどなさる――

源氏が女三宮の所へお出でになって、

「御心地はさわやかになり給ひにたりや。いでや、いとかひなくも侍るかな。例の御有様にて、かく見なし奉らましかば、いかにうれしう侍らまし。心憂く思し棄てける事」
――ご気分はさっぱりなさいましたか。でもまあ、尼姿では詰まりませんね。普通のお姿で五十日(いか)のお祝いを申し上げるのでしたら、どんなに嬉しいでしょう。私を棄てて出家なさるなんて、ひどいことですね。――

 と、涙ぐんでお恨み申し上げます。こういうことになってからの後は毎日お渡りになって、女三宮を大切に遇されております。

◆五十日(いか)の祝い:新生児の死亡率が極めて高かったこの時代、五十日は非常に重要な節目と考えられていました。

ではまた。