永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(531)

2009年10月15日 | Weblog
09.10/15   531回

三十六帖【柏木(かしわぎ)の巻】 その(13)

朱雀院は、

「(……)弱りにたる人の、限りとてものし給はむことを、聞き過さむは、後の悔い心苦しうや」
――(物の怪の勧めでも、悪い事ならやめさせもしましょうが、それに仮に迷わされたとしましても)こんなにすっかり衰弱してしまった者が、いよいよこれが最後と思って頼まれます事を取りあわないでいては、後に悔いが残る事になりましょう――

 それにしても、と、朱雀院はお心の内では、

「限りなう後やすくゆづり置きし御事を、受け取り給ひて、さしも志深からず、わが思ふやうにはあらむ御気色を、事に触れつつ、(……)」
――心から安心して宮をお預けしましたのに、源氏はそれを承知で受け取られながら、大して宮を愛しもせず、予期に反したお取り扱いである。何かにつけて、不仲らしいとここ数年耳にしてきたが、(表に出して文句を申すことでもないと思ってきたものの、ここにきて世間がたいそう噂をしているらしい)――

と、遺憾に思っていらっしゃる。さらに、

「かかる折にもてはなれなむも、何かは人わらへに、世をうらみたる気色ならで、さもあらざらむ、(……)わがおはします世に、さる方にても、うしろめたからず聞きおき、またかの大臣も、さ言ふとも、いと疎かにはよも思ひ放ち給はじ、その心ばへをも見はてむ」
――こういう良い折に出家して源氏の手を離れるのも、決して人の物笑いの種にもならず、源氏の仕打ちを恨んでの決意とも見えないであろうから、(それも良いかも知れない。今まで一通りのお世話を源氏からしていただいたと思うことにして、これから後は故桐壷院から頂いた広い立派な御殿を手入れして宮に使わせよう)私の存命中に尼になるのなら、万事心配なく暮らして行けるようにして置きたい。いくらなんでも源氏もそう冷たく見離しはなさるまい。そのお心も見届けよう――

 このようにきっぱりとお心に決められて、朱雀院は、

「さらば、かくものしたるついでに、忌むこと受け給はむをだに、結縁にせむかし」
――では、折角参ったついでに、五戒だけでもお受けになることにして、仏縁を結びましょう――

 と、仰せられます。

◆結縁(けちえん)=仏と縁を結ぶ

◆五戒(ごかい)=在家の人が守るべき五つの戒め。五悪を禁ずる。
 不殺生戒(ふせつしょうかい)、不偸盗戒(ふちゅうとうかい)、不邪淫戒(ふじゃいんかい)、不妄語戒(ふもうごかい)、不飲酒戒(ふいんしゅかい)の五つを言う。

◆写真:復元模写。女三宮を見舞う朱雀院

ではまた。