永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(521)

2009年10月05日 | Weblog
 09.10/5   521回

三十六帖【柏木(かしわぎ)の巻】 その(3)

 柏木は使いの小侍従に、なおも懲りずにあはれ深い心のうちを、重ねておっしゃいます。

「自らも、今一度言ふべきことなむある」
――私は、私自身でもう一度対面してお話したいことがあります――

 小侍従は昔から柏木とお会いしていたこともあって(小侍従の伯母が柏木の乳母であった)、柏木の女三宮に対する大それた思いを不愉快に思っていましたが、もう命も終わりそうで、これが最後の頼みだとおっしゃるので、女三宮のところに参上して泣く泣く申し上げます。

「なほ、この御返り、まことにこれをとじめにもこそ侍れ」
――やはり、このお返事はお書きくださいませ。本当にこれが最後になりましょうから――

 と、申し上げます。女三宮は、

「われも、今日か明日かの心地して、物心細ければ、大方のあはればかりは思ひ知らるれど、いと心憂き事と思ひ懲りにしかば、いみじうなむつつましき」
――私こそ、今日か明日かの命かと心細く思っておりますので、一応は同情いたしますけれども、実に厭な事と懲り懲りしました。とてもお返事を書く気にはなれません――

 と、一向にお返事をお書きにならない。

「はづかしげなる人の御気色の、折々にまほならぬが、いとおそろしうわびしきなるべし。」
――何ごとにも行き届いていらっしゃる源氏が、折に触れてそれとはなしに卑しめるような、憎んでおられるような態度をお見せになるのが、宮にはたいそう恐ろしく、侘しく御身にしみるのでしょう――

 けれども、小侍従が硯を用意して強いて勧めますので、しぶしぶお書きになりました。その御文をもって小侍従はそっと宵闇にまぎれて二条の致仕大臣邸にさんじょうします。大臣邸では、偉い修験者で葛城山から招いた者たちを待ち受けて、加持祈祷をさせるおつもりです。

ではまた。