09.10/14 530回
三十六帖【柏木(かしわぎ)の巻】 その(12)
朱雀院は人目に立たぬようにと質素なお姿で、正式な僧服ではなく、その墨染の御衣裳がたいそう優雅でお優しい。
源氏は、
「わづらひ給ふ御さま、ことなる御悩みにも侍らず。ただ月頃弱り給へる御有様に、はかばかしう物なども参らぬつもりにや、かくものし給ふにこそ」
――宮の御病気は特別のご容態ではございません。ただ長らく衰弱なされたところへ、さっぱりお食事も進まれなかったためでしょうか、こういうことになりまして――
と申し上げながら、御几帳の前にお座席を設えなさいます。女三宮に女房たちが急いでお支度をして差し上げ、御帳台から床に下ろして差し上げます。朱雀院は、
「(……)ただおぼつかなく覚え給はむさまを、さながら見給ふべきなり」
――(こうして居ると夜居の加持僧のようですね。私はまだまだ修行が足りませんが)あなたが逢いたがっておいでとのこと、私の姿をよく御覧なさい――
と、涙をおぬぐいになりながらおっしゃいます。女三宮も弱々しい上にお泣きになって、
「生くべうも覚え侍らぬを、かくおはしましたるついでに、尼になさせ給ひてよ」
――もう生きていられそうもありませんので、こうしてお出でになられたついでに、尼にしてくださいまし――
と申し上げます。朱雀院は「そういうお望みは尊いことですが、病気とはいえ、死ぬとも決まっているわけでもないでしょう。年若い人が出家するのは良くないことです」と、おっしゃりながら、源氏に対して、
「かくなむ進み宣ふを、今を限りのさまならば、片時の程にても、その助けあるべきさまにてとなむ、思ひ給ふる」
――あのように熱心に出家をのぞまれるのですから、若し今にも命が危ないというのなら、ちょっとの間でもその功徳が現れるようにしてやりたいと存じます――
朱雀院のこのお言葉に、源氏は驚かれて、
「日頃もかくなむ宣へど、邪気などの、人の心たぶろかして、かかる方にてつつむるやうも侍なるをとて、聞きも入れ侍らぬなり」
――日頃から(宮は)そのようにおっしゃるのですが、わたしは、物の怪などが人をだまして、そのような気持ちにさせる事もあるそうだからと思いまして、一切取り上げないようにしているのです――
とおっしゃる。
ではまた。
三十六帖【柏木(かしわぎ)の巻】 その(12)
朱雀院は人目に立たぬようにと質素なお姿で、正式な僧服ではなく、その墨染の御衣裳がたいそう優雅でお優しい。
源氏は、
「わづらひ給ふ御さま、ことなる御悩みにも侍らず。ただ月頃弱り給へる御有様に、はかばかしう物なども参らぬつもりにや、かくものし給ふにこそ」
――宮の御病気は特別のご容態ではございません。ただ長らく衰弱なされたところへ、さっぱりお食事も進まれなかったためでしょうか、こういうことになりまして――
と申し上げながら、御几帳の前にお座席を設えなさいます。女三宮に女房たちが急いでお支度をして差し上げ、御帳台から床に下ろして差し上げます。朱雀院は、
「(……)ただおぼつかなく覚え給はむさまを、さながら見給ふべきなり」
――(こうして居ると夜居の加持僧のようですね。私はまだまだ修行が足りませんが)あなたが逢いたがっておいでとのこと、私の姿をよく御覧なさい――
と、涙をおぬぐいになりながらおっしゃいます。女三宮も弱々しい上にお泣きになって、
「生くべうも覚え侍らぬを、かくおはしましたるついでに、尼になさせ給ひてよ」
――もう生きていられそうもありませんので、こうしてお出でになられたついでに、尼にしてくださいまし――
と申し上げます。朱雀院は「そういうお望みは尊いことですが、病気とはいえ、死ぬとも決まっているわけでもないでしょう。年若い人が出家するのは良くないことです」と、おっしゃりながら、源氏に対して、
「かくなむ進み宣ふを、今を限りのさまならば、片時の程にても、その助けあるべきさまにてとなむ、思ひ給ふる」
――あのように熱心に出家をのぞまれるのですから、若し今にも命が危ないというのなら、ちょっとの間でもその功徳が現れるようにしてやりたいと存じます――
朱雀院のこのお言葉に、源氏は驚かれて、
「日頃もかくなむ宣へど、邪気などの、人の心たぶろかして、かかる方にてつつむるやうも侍なるをとて、聞きも入れ侍らぬなり」
――日頃から(宮は)そのようにおっしゃるのですが、わたしは、物の怪などが人をだまして、そのような気持ちにさせる事もあるそうだからと思いまして、一切取り上げないようにしているのです――
とおっしゃる。
ではまた。