永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(537)

2009年10月21日 | Weblog
09.10/21   537回

三十六帖【柏木(かしわぎ)の巻】 その(19)

「重くわづらひたる人は、おのづから髪髭も乱れ、ものむつかしきけはひも添ふわざなるを、痩せさらぼひたるしも、いよいよ白うあてなる気して、枕をそばだてて、物など聞こえ給ふけはひ、いと弱げに、息も絶えつつあはれげなり」
――いったいに、重く患った人は、髪も髭も打ち乱れてむさくるしい感じがするものですが、柏木は少しお痩せになったのがかえって色白に上品な風ではあるものの、枕に寄りかかってお話をなさるご様子は、いかにも弱々しく、息も途絶えがちで痛々しい――

 夕霧は、柏木のご様子に、涙を押し払って、

「(……)この御心地のさまを、何ごとにて重り給ふとだに、え聞きわき侍らず。かく親しき程ながら、おぼつかなくのみ」
――(何ということでしょう。)このご病気が何の原因で重くなられたのかさえ、聞き知ることができませんとは。こんなに親しい間柄でありながら、訝しく思われます――

 柏木は、

「心には、重くなるけじめも覚え侍らず。そこ所と苦しき事もなければ、たちまちにかうも思ひ給へざりし程に、月日も経で弱り侍りにければ、今は現心も失せたるやうになむ。」
――私としては、こんなに重態に陥った訳が分からないのです。どこがどうと苦しいこともありませんでしたのに、急にこうなろうとは、思いもしておりませんうちに、たちまち衰弱してしましましたので、今では正気もなくなってしまったようなのです――

「惜しげなき身を、さまざまにひきとどめらるる、祈り、願などの力にや、さすがにかかづらふも、なかなか苦しう侍れば、心もてなむ、いそぎたつ心地し侍る」
――惜しくもない身ですが、あれこれと引きとめられる祈祷や願などの助けによるのでしょうか、やはりこうして生きながらえているのも、なまじ苦しいので、自分からは死に急ぎたい気持なのです――

「さるは、この世の別れ、さり難きことは、いと多うなむ。親にも仕うまつりさして、今更に御心どもをなやまし、君に仕うまつる事も半ばの程にて、身を顧みる方、はたまして、はかばかしからむうらみをとどめつる、」
――そのくせ、いざこの世を離れるとなりますと、気がかりなことがたくさんありまして。親にも孝養しつくさずに、今またご心配をかけ、帝にお仕え申す事も中途半端で、まして自分を振り返りますと、何事も心にまかせぬ悔いのみ残しております――

◆復元模写「柏木」:柏木の病床を見舞う夕霧

ではまた。