09.10/7 523回
三十六帖【柏木(かしわぎ)の巻】 その(5)
柏木は、聖にお話しておられる父君の言葉を聞いて、小侍従に、
「かれ聞き給へ。何の罪とも思し寄らぬに、占ひよりけむ女の霊こそ、まことにさる御執の身に添ひたるならば、いとはしき身もひきかへ、やむごとなくこそなりぬべけれ」
――あれをお聞きなさい。父上は私の病気が何の罪からともお分かりにならぬのに、占いに女の霊だと当てたのですが、真実、女三宮のご執心がわが身に憑いていらっしゃるのなら、わが身は反対に尊いものになりましょう――
さらに、
「さてもおほけなき心ありて、さるまじき過ちをひき出でて、人の御名をも立て、身をも顧みぬ類、昔の世にもなくやはありけると、おもひ直すに、なほ、けはひわづらはしう、かの御心に、かかる咎を知られ奉りて、世にながらへむ事もいと眩く覚ゆるは、げに異なる御光なるべし」
――それにしましても大それた心で、とんでもない罪を犯し、先方の浮名も立て、自分の身も棄てて顧みない例は、昔の世にも無いわけではなかったと考え直してみても、やはり何となく気分も悪く、源氏がこのことを知っていらっしゃるのに、生き長らえる事も、はなはだ眩しく身の置き所なく覚えます。これも源氏に格別のご威光が備わっていらっしゃるからでございましょう――
また、
「深き過ちもなきに、見合わせ奉りし夕べの程より、やがてかき乱り、惑ひそめにし魂の、身にもかへらずなりにしを、かの院の内にあくがれありかば、結びとどめ給へよ」
――(このことが)甚だしい過失とは思えませんのに、源氏に対面申しましたあの夕べの頃から、そのまま気分が悪くなりまして、迷い始めた魂が私の体に帰ってこなくなってしまいました。もしも私の魂が、六条院のあたりをさ迷っているのでしたら、どうか宮の御許にとどめておいてください――
などと、弱々しげにまるで魂の抜け殻のようなご様子で、泣きつ笑いつして話していらっしゃいます。
ではまた。
三十六帖【柏木(かしわぎ)の巻】 その(5)
柏木は、聖にお話しておられる父君の言葉を聞いて、小侍従に、
「かれ聞き給へ。何の罪とも思し寄らぬに、占ひよりけむ女の霊こそ、まことにさる御執の身に添ひたるならば、いとはしき身もひきかへ、やむごとなくこそなりぬべけれ」
――あれをお聞きなさい。父上は私の病気が何の罪からともお分かりにならぬのに、占いに女の霊だと当てたのですが、真実、女三宮のご執心がわが身に憑いていらっしゃるのなら、わが身は反対に尊いものになりましょう――
さらに、
「さてもおほけなき心ありて、さるまじき過ちをひき出でて、人の御名をも立て、身をも顧みぬ類、昔の世にもなくやはありけると、おもひ直すに、なほ、けはひわづらはしう、かの御心に、かかる咎を知られ奉りて、世にながらへむ事もいと眩く覚ゆるは、げに異なる御光なるべし」
――それにしましても大それた心で、とんでもない罪を犯し、先方の浮名も立て、自分の身も棄てて顧みない例は、昔の世にも無いわけではなかったと考え直してみても、やはり何となく気分も悪く、源氏がこのことを知っていらっしゃるのに、生き長らえる事も、はなはだ眩しく身の置き所なく覚えます。これも源氏に格別のご威光が備わっていらっしゃるからでございましょう――
また、
「深き過ちもなきに、見合わせ奉りし夕べの程より、やがてかき乱り、惑ひそめにし魂の、身にもかへらずなりにしを、かの院の内にあくがれありかば、結びとどめ給へよ」
――(このことが)甚だしい過失とは思えませんのに、源氏に対面申しましたあの夕べの頃から、そのまま気分が悪くなりまして、迷い始めた魂が私の体に帰ってこなくなってしまいました。もしも私の魂が、六条院のあたりをさ迷っているのでしたら、どうか宮の御許にとどめておいてください――
などと、弱々しげにまるで魂の抜け殻のようなご様子で、泣きつ笑いつして話していらっしゃいます。
ではまた。