永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(545)

2009年10月29日 | Weblog
 09.10/29   545回

三十六帖【柏木(かしわぎ)の巻】 その(27)

 大将の君(夕霧)は、亡き人(柏木)が思いあまって仄めかされたことを、

「いかなる事にかありけむ、少し物覚えたる様ならましかば、さばかりうち出でそめたりしに、いとよう気色を見てましを、いふかひなきとじめにて、折あしう、いぶせくて、あはれにもありしかな、と面影忘れ難くて」
――いったいどういうことであったのか、もう少し柏木が気の確かな時であったなら、あれだけ打ち明けようとなさったのだから、もっとよく仔細を知ることができたであろうに。もう何ともしようのない臨終の間際で、折悪しく気がもめるばかりで、はっきりしないままに悲しい事になってしまったものよ、と、面影がいつまでも眼裏に残っていて――

 肉親のご兄弟方よりも居たたまれず、恋しくてなりませんが、一方では、どうにも腑に落ちない思いもして、

「女宮のかく世を背き給へる有様、おどろおどろしき御なやみにもあらで、すがやかに思し立ちける程よ、またさりともゆるし聞こえ給ふべき事かは、二条の上の、さばかり限りにて、泣く泣く申し給ふと聞きしをば、いみじき事に思して、つひにかくかけとどめ奉り給へるものを」
――女三宮が、あのように出家なされたこと。たいしたご病気でもないのに、きっぱりと決心なさった事よ。いくらご決心なさっても源氏がお許しになるはずもないでしょうに。二条の上(紫の上)が、あれほどの危篤の時に、泣く泣くお願いされたと聞いているご出家の事も、源氏は、どんでもない事と、ついにああしてお留めなさったのに――

 などと、あれこれと思い巡らしておりますと、

「なほ昔より絶えず見ゆる心ばへ、え忍ばぬ折々ありきかし、いとようもてしづめたる上べは、人よりけに用意あり、のどかに、何事をこの人の心の中に思ふらむと、見る人も苦しきまでありしかど、」
――やはり、柏木は昔から思い切れなかった宮への恋に、堪えられぬ折もあったのだろう。表面は沈着で、人よりも思慮深く落ち着いていて、何を考えているのかと他の人まで苦しくなる程だったが、――

「すこし弱き所つきて、なよび過ぎたりしけぞかし、いみじうとも、さるまじき事に心を乱りて、かくしも身に代ふべき事にやはありける、人の為にもいとほしう、わが身はた、徒にやなすべき、さるべき昔のちぎりといひながら、いとかるがるしう、あぢきなきことなりかし」
――少し意志の弱いところがあって、柔和すぎたせいであろうか、どんなに恋しくても、道に外れた恋に心を乱して、あのように命と引き換えてしまうべき事であろうか。相手の女の為にもすまないし、自分自身をも粗末にしてよいものか。前世の因縁で当然だとはいえ、たいそう軽々しく、味気ないことになってしまったものよ――

 などと、内心では思いますものの、妻(雲井の雁で柏木の妹)にも、まして父君の源氏にも申し上げることはいたしません。しかし少しこの事を仄めかして源氏のお顔色をこっそり見てみたい、とも思うのでした。

ではまた。