09.10/10 526回
三十六帖【柏木(かしわぎ)の巻】 その(8)
女三宮は一晩中お苦しみになりましたが、明け方の日が昇る頃お生まれになりました。源氏は男君とお聞きになって、
「かく忍びたる事の、あやにくにいちじるき顔つきにて、さし出で給へらむこそくるしかるべけれ、女こそ、何となく紛れ、あまたの人の見るものならねば、安けれ」
――こうして世間の手前を何とか取り繕っているのに、あいにく生まれた稚児の顔が実の父とそっくりであったりしたらどうであろう。女の子なら何のとかごまかしもきくし、多くの人が見るわけでもないから安心なのに――
と、思われます一方で、
「しかし、さてもあやしや、わが世と共に恐ろしと思ひし事の報いなめり、この世にて、かく思ひかけぬ事にむかはりぬれば、後の世の罪も、少し軽みなむや」
――それにしても不思議なことだ。こういう厄介な疑いの交じったこの子こそ、自分が生涯かけて恐れていた藤壺との秘密の報いであろうか。この世でこうして思いがけない報いに出会ったことで、来世の罪が少し軽くなるであろうか――
と、お思いになります。
人々は女三宮の秘密を少しも知りませんので、源氏が晩年に男君を儲けられましたので、どんなにか御寵愛なさることでしょうと、皆心をこめてお仕えするのでした。御産屋の儀式も厳かで重々しい。
「御方々、さまざまにしいで給ふ御産養、(……)五日の夜、中宮の御方より、子持ちの御前のもの、(……)七日の夜は、内裏より、それもおほやけ様なり。」
――源氏に関係のある婦人方が、それぞれに設けられる御出産祝いは、(型通りの折敷や、衝重(ついがさね)、高杯など競争ぶりを発揮して用意され)五日の夜は、秋好中宮からお産婦でいらっしゃる女三宮のお召し上がり物、(女房たちにも身分の応じて食べ物を公式に盛大に産養いをされました)七日の夜は、内裏からの公式な産養いがありました。
致仕の大臣(引退された柏木の父君、かつての頭の中将)は、
「心ことに仕うまつり給ふべきに、この頃は何ごともおぼされで、おほぞうの御とぶらひのみぞありける。」
――本来ならば、特に盛大に産養いのお祝いをなさるところですが、近頃は柏木の病気のため、何も顧みる暇もなくて、一通りのお祝いだけがございました――
◆五日夜の中宮からの産養いのお召し上がり物=お粥や、強飯の握り飯を五十人前をはじめとして、数々の食べ物。
◆おほぞうの=一通りの
ではまた。
三十六帖【柏木(かしわぎ)の巻】 その(8)
女三宮は一晩中お苦しみになりましたが、明け方の日が昇る頃お生まれになりました。源氏は男君とお聞きになって、
「かく忍びたる事の、あやにくにいちじるき顔つきにて、さし出で給へらむこそくるしかるべけれ、女こそ、何となく紛れ、あまたの人の見るものならねば、安けれ」
――こうして世間の手前を何とか取り繕っているのに、あいにく生まれた稚児の顔が実の父とそっくりであったりしたらどうであろう。女の子なら何のとかごまかしもきくし、多くの人が見るわけでもないから安心なのに――
と、思われます一方で、
「しかし、さてもあやしや、わが世と共に恐ろしと思ひし事の報いなめり、この世にて、かく思ひかけぬ事にむかはりぬれば、後の世の罪も、少し軽みなむや」
――それにしても不思議なことだ。こういう厄介な疑いの交じったこの子こそ、自分が生涯かけて恐れていた藤壺との秘密の報いであろうか。この世でこうして思いがけない報いに出会ったことで、来世の罪が少し軽くなるであろうか――
と、お思いになります。
人々は女三宮の秘密を少しも知りませんので、源氏が晩年に男君を儲けられましたので、どんなにか御寵愛なさることでしょうと、皆心をこめてお仕えするのでした。御産屋の儀式も厳かで重々しい。
「御方々、さまざまにしいで給ふ御産養、(……)五日の夜、中宮の御方より、子持ちの御前のもの、(……)七日の夜は、内裏より、それもおほやけ様なり。」
――源氏に関係のある婦人方が、それぞれに設けられる御出産祝いは、(型通りの折敷や、衝重(ついがさね)、高杯など競争ぶりを発揮して用意され)五日の夜は、秋好中宮からお産婦でいらっしゃる女三宮のお召し上がり物、(女房たちにも身分の応じて食べ物を公式に盛大に産養いをされました)七日の夜は、内裏からの公式な産養いがありました。
致仕の大臣(引退された柏木の父君、かつての頭の中将)は、
「心ことに仕うまつり給ふべきに、この頃は何ごともおぼされで、おほぞうの御とぶらひのみぞありける。」
――本来ならば、特に盛大に産養いのお祝いをなさるところですが、近頃は柏木の病気のため、何も顧みる暇もなくて、一通りのお祝いだけがございました――
◆五日夜の中宮からの産養いのお召し上がり物=お粥や、強飯の握り飯を五十人前をはじめとして、数々の食べ物。
◆おほぞうの=一通りの
ではまた。