09.10/17 533回
三十六帖【柏木(かしわぎ)の巻】 その(15)
「院はた、もとより、とりわきてやむごとなう、人よりもすぐれて見奉らむと思ししを、この世にはかひなきやうにない奉るも、飽かず悲しければ、うちしほれ給ふ」
――朱雀院としましては、女三宮を、もとよりどの姫宮よりもご寵愛なさって、きっと立派な方として生涯お過ごしになるようにと、思っておりましたのに、この世にあって、生き甲斐もないような尼姿になってしまうのかと、言いようもなく悲しまれて、涙をお落としにまります――
そして、朱雀院は女三宮に、
「かくても、たひらかにて、同じうは念誦をもつとめ給へ」
――このような尼姿になられても、はやくご病気が治りますように。同じ事ならお念仏にお励みなさい――
と、言い置かれて、お帰りを急がれます。
女三宮はご出家のあとも、弱々しく今にも消え入るようで、朱雀院をお見送りもおできになれません。源氏も余りにも急な事で気も動顚していまわれたことを、口実にして失礼を詫びていらっしゃいます。朱雀院は、
「(……)御本意にはあらざりけめど、かく聞こえつけて、年頃は心安く思う給へつるを、もしも生きとまり侍らば、様ことにかはりて、(……)」
――(昔私が病気をしました折、この女三宮の行く末を考えますと大そう可哀そうでたまらなく)貴方のご希望ではなかったでしょうが、あなたにお預けして、今まで安心しておりましたが、今後命を取り留めましたなら、尼姿では(このような賑やかな所でのご生活も不似合いでしょう。どうか今後も尼らしいところでお世話ください)――
源氏は、
「さらにかくまで仰せらるるなむ、かへりてはづかしう思ひ給へらるる。みだり心地、とかく乱れ侍りて、何ごともえかきまへ侍らず」
――そのようにまで仰られましては、返ってお恥ずかしう存じます。私はただ今は何かと正気でなく、判断もつきかねまして――
と、本当に堪え難く思っていらっしゃる。
◆写真:数珠を持つ女三宮 風俗博物館
三十六帖【柏木(かしわぎ)の巻】 その(15)
「院はた、もとより、とりわきてやむごとなう、人よりもすぐれて見奉らむと思ししを、この世にはかひなきやうにない奉るも、飽かず悲しければ、うちしほれ給ふ」
――朱雀院としましては、女三宮を、もとよりどの姫宮よりもご寵愛なさって、きっと立派な方として生涯お過ごしになるようにと、思っておりましたのに、この世にあって、生き甲斐もないような尼姿になってしまうのかと、言いようもなく悲しまれて、涙をお落としにまります――
そして、朱雀院は女三宮に、
「かくても、たひらかにて、同じうは念誦をもつとめ給へ」
――このような尼姿になられても、はやくご病気が治りますように。同じ事ならお念仏にお励みなさい――
と、言い置かれて、お帰りを急がれます。
女三宮はご出家のあとも、弱々しく今にも消え入るようで、朱雀院をお見送りもおできになれません。源氏も余りにも急な事で気も動顚していまわれたことを、口実にして失礼を詫びていらっしゃいます。朱雀院は、
「(……)御本意にはあらざりけめど、かく聞こえつけて、年頃は心安く思う給へつるを、もしも生きとまり侍らば、様ことにかはりて、(……)」
――(昔私が病気をしました折、この女三宮の行く末を考えますと大そう可哀そうでたまらなく)貴方のご希望ではなかったでしょうが、あなたにお預けして、今まで安心しておりましたが、今後命を取り留めましたなら、尼姿では(このような賑やかな所でのご生活も不似合いでしょう。どうか今後も尼らしいところでお世話ください)――
源氏は、
「さらにかくまで仰せらるるなむ、かへりてはづかしう思ひ給へらるる。みだり心地、とかく乱れ侍りて、何ごともえかきまへ侍らず」
――そのようにまで仰られましては、返ってお恥ずかしう存じます。私はただ今は何かと正気でなく、判断もつきかねまして――
と、本当に堪え難く思っていらっしゃる。
◆写真:数珠を持つ女三宮 風俗博物館