2010.3/9 670回
四十帖 【御法(みのり)の巻】 その(13)
紫の上にお仕えしていた女房の中で、正気でない者はなく、源氏ご自身が悲嘆のさ中に、強いてお気持を落ち着かせなさって、御葬送のことをお指図されます。
「やがてその日、とかく納め奉る。限りありける事なれば、亡骸を見つつもえ過ぐし給ふまじかりけるぞ、心憂き世の中なりける」
――すぐその日に続いて、どうにか御葬送をなさいます。葬送には一定の法式があることですので、亡骸をいつまでも目の前にして置かれないことは、御夫婦にとってのまことに侘びしい現実です――
「遥々と広き野の、所もなく立ち込みて、限りなく厳めしき作法なれど、いとはかなき煙にて、はかなくのぼり給ひぬるも、例のことなれどあへなくいみじ」
――広々とした葬場にぎっしりと会葬者があふれて、これ以上はないという荘厳なご葬儀でしたが、亡骸は実にはかない煙となって空しく天に昇ってしまわれましたのも、葬送の常ではありますが、まったくあっけなく悲しみもいっそう深いのでした――
「空を歩む心地して、人にかかりてぞおはしましけるを、見奉る人も、然ばかりいつかしき御身をと、物の心知らぬ下衆さへ泣かぬなかりけり。御送の女房は、まして夢路に惑ふ心地して、車より転び落ちぬべきをぞ、もてあつかひける」
――(源氏は)踏む足も定まらぬ心地で、人に寄りかかっていらっしゃるのをお見上げなさる人々も、この上ない高貴な御方が、と、ものの心もわきまえない下賤の者までが
泣かぬ人とてなく、お供に参った女房達は、まして夢路に迷っているような気持ちで、車から転び落ちそうなので、車副いの人々はその介抱に手を焼いています――
「むかし大将の君の御母君失せ給へりし時の暁を思ひ出づるにも、かれはなほ物のおぼえけるにや、月の顔の明らかに覚えしを、今宵はただ昏れ惑ひ給へり」
――(源氏は)その昔、夕霧の御母葵の上が亡くなりました時の暁を思い出されるにつけても、あの時はそれでも正気があったのか、月の面がはっきり見えたものを、今夜は目の前がただ真っ暗なのでした――
◆あへなく=敢へ無く=張り合いがない、あっけない。
◆いみじ=甚だしい。なみなみでない。
◆いつかしき御身=厳しき御身=高貴な御方
ではまた。
四十帖 【御法(みのり)の巻】 その(13)
紫の上にお仕えしていた女房の中で、正気でない者はなく、源氏ご自身が悲嘆のさ中に、強いてお気持を落ち着かせなさって、御葬送のことをお指図されます。
「やがてその日、とかく納め奉る。限りありける事なれば、亡骸を見つつもえ過ぐし給ふまじかりけるぞ、心憂き世の中なりける」
――すぐその日に続いて、どうにか御葬送をなさいます。葬送には一定の法式があることですので、亡骸をいつまでも目の前にして置かれないことは、御夫婦にとってのまことに侘びしい現実です――
「遥々と広き野の、所もなく立ち込みて、限りなく厳めしき作法なれど、いとはかなき煙にて、はかなくのぼり給ひぬるも、例のことなれどあへなくいみじ」
――広々とした葬場にぎっしりと会葬者があふれて、これ以上はないという荘厳なご葬儀でしたが、亡骸は実にはかない煙となって空しく天に昇ってしまわれましたのも、葬送の常ではありますが、まったくあっけなく悲しみもいっそう深いのでした――
「空を歩む心地して、人にかかりてぞおはしましけるを、見奉る人も、然ばかりいつかしき御身をと、物の心知らぬ下衆さへ泣かぬなかりけり。御送の女房は、まして夢路に惑ふ心地して、車より転び落ちぬべきをぞ、もてあつかひける」
――(源氏は)踏む足も定まらぬ心地で、人に寄りかかっていらっしゃるのをお見上げなさる人々も、この上ない高貴な御方が、と、ものの心もわきまえない下賤の者までが
泣かぬ人とてなく、お供に参った女房達は、まして夢路に迷っているような気持ちで、車から転び落ちそうなので、車副いの人々はその介抱に手を焼いています――
「むかし大将の君の御母君失せ給へりし時の暁を思ひ出づるにも、かれはなほ物のおぼえけるにや、月の顔の明らかに覚えしを、今宵はただ昏れ惑ひ給へり」
――(源氏は)その昔、夕霧の御母葵の上が亡くなりました時の暁を思い出されるにつけても、あの時はそれでも正気があったのか、月の面がはっきり見えたものを、今夜は目の前がただ真っ暗なのでした――
◆あへなく=敢へ無く=張り合いがない、あっけない。
◆いみじ=甚だしい。なみなみでない。
◆いつかしき御身=厳しき御身=高貴な御方
ではまた。