◎ブログ開設1周年記念「読んでいただきたかったコラム・ベスト10」
ブログ開設から既に一年以上経った。この間、多忙なときや、体調がよくないときもあったが、ほぼ毎日、ブログを更新してきた。
本日は、これまでのコラムのうちで、特に自信を持ってお送りし、また読んでいただきたかったコラムを選んで紹介する。題して、「読んでいただきたかったコラム・ベスト10」。どういうわけか、そうしたコラムにかぎって、アクセス数は少なかった気がする。
なお、昨年のものだけで、すでに一〇本になってしまったので、本年のものは、また選んでみたい。
1◎ワラの揉み音はノックの代り 2012・6・25■昨日に続けて、農学博士・小野武夫のエッセイの紹介。出典は、『村の辻を往く』(民友社、一九二六)。
2◎岡田首相を救出して非難・迫害された小坂憲兵曹長 2012・8・10■昨日に続き、小坂慶助『特高』(啓友社、一九五三)の内容を紹介する。
3◎羽仁吉一が二重橋にお詫びに向かった理由 2012・11・20■終戦の玉音放送のあと、宮城前でひれふす人々があらわれたことについて、法学者の星野安三郎先生(故人)は、「アレは動員だよ」と言われた。
4◎昭和初年における私立医学専門学校の「不正入学」問題 2012・6・25■戦前の教育関係の専門誌である『教育思潮研究』をめくっているうちに、興味深い記事を見つけた。
5◎柳田國男と天真神楊流柔術(西郷四郎と柳田國男の意外な接点) 2012・7・18■定本柳田國男集の別巻に載っている「年譜」によれば、柳田國男(当時は松岡姓)は、一八九〇年(明治二三)の冬、茨城県布川町から上京し、兄・井上通泰の家(東京市下谷区徒士町)に同居した。
6◎古畑種基と冤罪事件 2012・5・28■以前、古畑種基〈タネモト〉という法医学者について、調べてみたことがあった。調べれば調べるほど、不可解な人物という印象が強まっていった。
7◎代用燃料車の燃料としてのトウモロコシ(雑誌『汎自動車』より) 2012・9・9■あいもかわらず、代用燃料車の話で申し訳ないが、雑誌『汎自動車・技術資料』一九四三年四月号(通巻二四〇号)に、「窮余の一策大発見 新代用燃料の登場」という興味深い記事が載っていたので、紹介したい。
8◎一九四六年元旦の詔書に対する詔勅講究所長・森清人の見解 2012・11・20■八月二四日のコラムで、外務省通訳養成所編纂『日米会話講座』第一巻第二輯(日米会話講座刊行会、一九四六)という文献を紹介した。
9◎河上肇の文章術について(あるいは、松崎蔵之助と河上肇) 2012・11・7■昨日に続いて、河上肇の著書『思ひ出』(一九四六)から。
10◎香川照之と七代目市川中車 2012・6・7■昨日のニュースで、六月五日、俳優の香川照之さんが九代目市川中車を襲名したことを知った。