◎使えるコンデンサーは10個に1個(1944)
昨日の続きである。雑誌『図書設計』N0.82(二〇一二年八月)に載せた拙稿「戦中の自動車雑誌『汎自動車』から」の紹介で、本日が二回目。
さて、『汎自動車』は、一九四四年の四月をもって終刊する。戦局の悪化が、こうした雑誌の存続を許さなくなっていたのであろう。
同年四月五日発行の『汎自動車・技術資料』終刊号には、「自動車整備工の挺進策」と題する座談会記録の後半部分が掲載されている。
この座談会は、同年二月に開かれたものだというが、各出席者がずいぶんと思い切った発言をしている。東急電鉄自動車部の築山清は、「部品はコイルが悪くて困るね。何しろ五個買つて満足に使へるのが一個か二個ですからね」と言う。その二個にしても、一次線の巻き方が悪く、すぐ熱を持ってショートしてしまったらしい。
東京都交通局自動車両課の大内巳之助もこう言う。
《大体物が少いといふのは前の方から話され尽きたと思ひますが、根本になると商人の根性から直さなければならないと思ふのです。コンデンサー10個に一つしか使へない。而も商人のその時の態度が恐れ入つてしまふ。これぢやア具合が悪いからと云ふと、それぢやア他所様〈ヨソサマ〉からといつて売つてくれない。》
いずれも、二月五日号の巻頭言における山口安之助の「告発」を裏づける発言である。というより、山口は、こういった座談会を企画することで、当時の深刻な事態を、広く世間に訴えたかったのではあるまいか。
いずれにしても、決戦下の産業界の内部でこの種の「荒廃」が生じていたことは、あまり知られていない。その意味で、この座談会記録は資料的価値が高いと考える。【以下は、次回】
最後の部分は、今となってみれば、少し言い換えたいと思う。決戦下の産業界の内部で、この種の荒廃が生じていたことは、戦争体験者はよく知っていることだし、戦争体験者でなくても、私のような古い世代の者は、年長者から何度となく聞かされてきたことだからである。また、若い世代の方でも、小熊英二氏の労作『〈民主〉と〈愛国〉』を読まれた方であれば、そういった荒廃の実態をご存じであろう。ただし、そうした実態を、リアルタイムで告発している史料というのは、そう多くはないと思う。その意味で、やはり、この雑誌の記事、座談会記録等は、史料としての価値があると思う。