◎釣堀の魚を釣る学習参考書の出版社
最近、ふと、小川菊松の『出版興亡五十年』(誠文堂新光社、一九五三)を手にしたところ、これが非常におもしろかった。
著者の小川菊松は、誠文堂新光社の創業者である。この異色の人物については、このあと、おいおい紹介してゆくことになろう。本日は、同書の第一部「出版界興亡の跡」の第二五章を紹介してみる。
二五 釣堀の魚を釣るに等しい学参書の出版
~これまた儲かる虎の巻の刊行
出版業は当りはずれが激しく、安定性のない浮草稼業だとよくいわれている。一つ当れば人大きく、今の講談社、主婦之友社、新潮社その他の大出版社も、殆どすつぱだかで発足して、一代に何千万円、否何億円の大身代を作つたのである。しかしその半面には、やりそこなつて奈落の底に沈んだ者が数限りなくある。大成功者、中成功者はいうまでもなく、小成功者といえども極めてまれで、成功者の比率は年々の新規開業者の一割にもとても達していないであろう。外部から眺めると、出版業は派手な商売で、いかにも楽に儲かりそうに見える。つぶれても、つぶれても、後続者が出て来るのは、そのためだが、幾十年も続いた老舖というものは実に暁天の星のように少い。
一口に出版業といつても、その出版する内容になると、千差万別だが、中でも比較的堅実で成功率の多いのに学習参考書の部門がある。一般の出版を海で鯨を捕えるようなものだとすると、これは釣堀で魚を釣るようなものだ。即ち、文部省最近の調査によると、全国の小学生は一千百十四万人、中学生は五百七十万人、高校生は二百三十四万人となつている。この学生という魚の集つている学校という池に糸を垂れるのが、いわば学習参考書の出版である。
従つて教科書についで、学習参考書の出版は確実性があるというので、猫も杓子もこの釣堀を狙つて集まつて来る。それもそのはずである。如何にして上級の学校に進学しようか、どうしたらよい学校に入れるかと迷う学童という者を釣る、いわゆる人の弱点、それも非常にハツキリした弱点に付け込んだ出版なのだ。勿論釣堀だからといつてそうそう釣れるものではないにしても、まあまあ、こんなうまい、楽で安全な商売はあまり世間にあるものではない。しかし学習参考書出版は儲かるというので最近は凄い殖え方で、大小合わせて三百社くらいはある。外に気まぐれに年一冊か二冊出す程度のものを加えると、どれ程になるか、ちよつと見当もつかない。
現在、この畑の良心的出版社として著名なものは、東京では老舗の研究社、新進の旺文社、それに培風館、有朋堂、山海堂、有精堂、大修館、清水書院、池田書店その他。大阪では保育社、増進堂、東洋図書、堀書店、教学出版社その他。京都では文英堂その他がある。然らば、この釣堀に来さえすれば、みんな面白いほど魚が釣れて、大金が儲かるかというに、そうでもない。宝クジ程ではなくても、これまた当るものは少くて、そこには経営の難かしさがあるらしく、要は研究と努力、然も良心的の出版物を廉価に提供するということであろう。【以下は次回】