礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

ナチス民族主義の理論に体系なし(峯村光郎)

2018-06-28 01:57:31 | コラムと名言

◎ナチス民族主義の理論に体系なし(峯村光郎)

 先日、某古書店の「百円均一」の棚から、峯村光郎著『近代法思想史』(世界書院、一九四七)を拾い上げた。終戦直後に出た論文集だが、収録されている論文は、すべて戦前に発表されたものである。
 峯村光郎〈ミネムラ・テルオ〉は法哲学者で、慶応大学教授、慶応大学法学部長などを務めた(一九〇六~一九七八)。多くの著書を持つ。書名は忘れたが、私も以前、労働法関係の著書を手にした記憶がある。
 さて、『近代法思想史』に収録されている論文のうち、興味を惹かれたのは、「民族と法律」(一九三四)、「ナチス・ドイツの法律観」(一九三六)、「福沢諭吉の法律思想」(一九四〇)の三本であった。本日は、このうち、「民族と法律」の第四節を紹介してみたい。

       
 法ないし法学の領域において、前述の帝国主義的民族主義を主張するものにヒットラー(Hitler)に率いられるナチスの法理論がある。ナチスの運動即ち「国民社主義ドイツ労働党」は一九一九年にはじめられ、翌一九二〇年にその綱領二十五条が採択されて、はじめて政党として一小形態をとつた。爾後、十年余で政権を掌握して全世界を驚かした。ヒットラーの天性および環境が或わ彼をして民族革命家となすに十分であつたにせよ、ナチス運動は決して彼一人の個性によつて創り出されたのではなく、またそのような隆盛が結果したのでもない。ナチス運勧はヒットラーによつて勃興したというよりは、むしろ時代を得てはじめて勃興したというべきであらう。一九二四年から始つたドイツ産業の急激な合理化の傾向に次ぐ一九三〇年四月におけるブリユーニング内閣の極度の財政緊縮によつて中産階級は極度に窮迫した。資本投下の方法および団結的闘争の武器のいづれをももたないとり残された中小資本家および農民は、この経済的重圧と闘うべき何等の手段をももつていなかつた。かゝる立場にあつた者にとつて、国民社会主義運動が最適の地盤を見出したのである。
 次に、われわれはナチスの法理論の検討に先立つて、ナチスの社会的・思想的背景を一瞥しておかう。
 ナチスの社会的基盤をなすものは、資本主義の危機によって没落に瀕した中産階級並に大戦によつて階級性を喪失したものおよび部分的には革命的期待に幻滅を感じ、憤懣の状態にある無産者などである。第一には都市における中小商工業者である。資本主義社会における競争は資本の集積と集中の過程を促進し、独占的大資本の制覇を現出する。それゆえ中小企業者は到底その競争に耐えることはできない。旧式な技術と小資本とは巨大な規模をもつ優秀な技術と大資本との敵ではない。かくしてその経営は悪化し、負債は増加せざるをえなくなる。戦後〔第一次大戦後〕における資本の集中は急激に中小企業の圧迫、隷属、没落という犠牲の上に発展したのみならず、その後の恐慌は、その窮迫を一層甚だしくした。この経済的重圧下にあつて、一方において大資本によつてうちくだかれ、他方においてはプロレタリアートの攻勢の脅威によつて、都市中小企業者は絶望的な前途と社会そのものゝ危機を前にして、極度な不安の中に動揺した。第二には農村における中小地主および自作農民である。狭小〈キョウショウ〉な私有地に割拠する中小地主およびその全家族の労働力を以てしてもなお引合わない自作は、都市における大資本家の敵でないことはいうまでもない。これらのものもまた中小企業者と同様に資本主義の発展と共に独占的大資本の圧力におしひしがれて、窮乏に瀕した社会層の一要素を形成した。第三にはインテリゲンツイヤの群〈ムレ〉である。資本主義の発展はインテリゲンツイヤの大量生産を伴い、そのため彼等の特権であつた「学問」は脅され、彼等の社会的地位は低下し、彼等の登竜〈トウリュウ〉の門は閉された。かくて彼等の生活は貧困化し動揺せしめられるに至つた。自己の顛落から生ずる大資本に対する彼等の反感はやがて絶望感とならずにはいなかつた。
 要するに、ナチス民族主義の社会的基礎は資本主義の発展に伴つて没落し、動揺し、窮乏化し、不安な状態に低迷する中小企業家、中小地主および自作農民、インテリゲンツイヤなどである。従つて幾多の利害感情を包含するから、その間に何らの統一なく互に矛盾し対立してさえいる有様である。この点にナチス民族主義の理論に体系なく、その政策に矛盾撞着が存在する理由がある。
 現代社会において何らの積極性および創造性のない消極的な社会階級を礎礎とする点ににおいて、民族主義社会の非常時的特殊政治形態としてのフアッシズムと提携して、資本主義の危機に当る可能性が存在する。【以下、次回】

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